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2011年06月

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美学美術史を専攻していた学生時代、レオナルド・ダ・ヴィンチの「最後の晩餐」というたった一枚の絵画に固執して数百枚の卒業論文を書き上げた。物心もあるかないかの幼い頃から、絵画を絵画として見る眼もない頃から、私の中に漠然と生き続けていた一枚の絵画へのこだわりだった。これからどんなに偉大な画家がこの世に排出されようとも、ダ・ヴィンチの偉業は間違いなく歴史を刻み続けていく。

先日、ワシントンDCに行く機会があり、久しぶりにダ・ヴィンチの絵画に再会した。これほど有名なダ・ヴィンチが、世の中に残した絵画作品は驚くほど少なく、この広い米国で所有されているのは「ジネヴラ・デ・ベンチの肖像」が唯一である。

中心人物の美しい表現に人々が目を凝らしている傍で、私はその背景にある水の美しさに感動してしまう。
(ダ・ヴィンチの作品には必ずというほど水の情景が描かれており、その水だけを探求する論文さえあるほどなのだ。)
主役の魅力を惹き出すのはもちろんだが、人々の気付きにくい些細な場所へ配慮する心意気を、私はその偉人から学んだ。

ダ・ヴィンチの水へのこだわり、それは今でも私に何かを気づかせてくれる。
華やかな脚光は浴びなくとも、見えない部分で力を発揮する人達への感謝の気持ちを大切にしたい。
主役を脇で支える人達を、私はもっともっと応援し続けたい。


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When I was a student majoring in fine arts and history, I wrote a Bachelor
thesis sticking to only one painting titled “The Last Supper" of Leonardo
Da Vinci that had been in my heart from an early age.
We are sure that Da Vinci’s feat will continue ticking into the world’s
history forever, even though there showed how the great artists.

Recently, I had the opportunity to go to Washington DC, and was reunited in
Da Vinci’s painting after a long time. So the famous Da Vinci, paintings left
in the world are surprisingly few, and “Ginevra de’Benci” is the only one
that the U.S. owned.

In the near to the people focusing a beautiful representation in the main
characters, I have impressed to by the beauty of the water behind them.
(The works of Leonardo da Vinci has is drawn scenes of the water so be
sure to say, there is even the thesis that's to explore his water.)
I learned from the great man, both the pulling out the charm of the
protagonist, and a sensitive spirit to consider the place people’s hard to
notice.

Da Vinci’s commitment to water, it let me do to think something I noticed
today.
Although no hero, I would like to cherish a feeling of gratitude to those who
exert power in the invisible scenes.
I would continue to support more and more to the supporting role by the
side the lead.
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「親愛なる由美子。
一日違いでこの世に生を受けた私達は、いつも一緒に誕生日を祝ってもらっていたよね。貴女はこの世から立ち去ることを決めてしまったけれど、私はまだしぶとくこの世を生きている。そしてもう、貴女の生きた倍の年齢になってしまったよ。」

職業柄もしくは性格によるものか、ごく身内のイベントにおいても普段は企画側にまわることが多い。会合に参加した皆がそれぞれに楽しめているか、予算に対して不満を抱いている人がいないか、いろんなことが気になってしまう。

しかし先日の企画は、一切合財を幹事さんにお任せして、本当に心の底から楽しませていただいた。こんなかたちで友人達に集っていただいたのは、何年ぶりのことだろうか。主役でいることには慣れないけれど、改めて「おめでとう」の言葉がこんなにも美しく、こんなにも人を幸せにするのだと感じた。異国の地での仕事や生活は、決して平坦な道ではないけれど、こんなに素敵な仲間達がいてくれるおかげで、私はまた明日に向かって歩き出せるのだ。
6月10日、時の記念日。

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“Dear Yumiko
I always remind your memory, especially on our birthday. I’ve made my mind
that I would do my best through my life since when I heard your sad story”.

I really appreciate all friends who celebrated my birthday on June 10th.
I had precious time with you. Thank for your support, I would keep my
passion to live in here.

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MIKA

都会の喜びと悲しみは、それだけ数多くの人達との出会いと別れが繰り返されること。ニューヨークで出会った人達と、何らかの事情で別れなくてはならないことも少なくない。

祖国に帰っていく友人、新しい夢を求めて他の街へ旅立つ友人達を見送るたびに、私は残された人の寂しさを募らせる。しかし翌日には「今、ここが私のいる場所だ」と気持ちを切り替えて前を向いてきた。

しかし、昨日の別れは本当に辛かった。
同じビルに住んでいた友人一家が、新しいビジネス展開のために、南アフリカへ引っ越していったのだ。一定の距離のある友人には温厚な米国だが、意外とネイバー(いわゆる御近所さん)との関係で悩むケースは少なくない。

彼女達は最高のネイバーだった。家族ぐるみで異邦人の私達に愛を注いでくれた思い出の数々を、私は決して忘れない。今日はもう少しだけ、泣いてみよう。


I had to say good-bye to my dear friend yesterday. Jahanara and her family
left for South Africa that they would have big business opportunity.
She was one of the best friend and neighbor in New York.
Good luck and see you soon!
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