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2015年01月

イエローキャブ (1)


自宅のリビングルームにある絵画たち。
まったく統一性はないけれど、それぞれに思い出が詰まった作品ばかり。
ニューヨークにいるのにニューヨークの絵が多いのは、
若き頃に、そのシーンで高揚した気持ちを思い出させてくれるから。

ニューヨークでは、タクシーを止めたら、まず自分が先に乗るのがマナーとされる。
治安が悪かった時代、タクシーによる誘拐が多発した名残で、
自分が先に乗って安全を確かめるという意味がある。
日本の礼儀とは真逆、女性よりも男性、上司よりも部下が先に乗ることに、
最初は違和感を覚えたけれど、今となっては普通になった。

世界一マナーが悪いとされるニューヨークのイエローキャブ。
最近は、UBERやグリーンキャブの躍進で、ますます分が悪くなっているけれども、
やっぱりニューヨーカーの足の一つ。

今日もマンハッタンは、イエローキャブで大渋滞。
これだけ空車のつかまらない街は、世界でもトップクラスだろう。

イエローキャブ (5)

イエローキャブ (3)


There are some paintings in the living room.
They are not at all uniformity, but the works memories are jammed in each.
I have some New York painting in New York, because it reminds me
the uplifted feeling at the scene.

If you use the taxi with your client in New York, you ride ahead first is
good manners.
At the era of bad security, there were the multiple kidnapping by taxi.
You should ascertain the safety by riding ahead.
It is true reverse of Japanese courtesy; men ride earlier than women,
and the subordinates ride earlier than the boss.
I felt little discomfort before, but it has become my common sense now.

New York yellow cab is very famous by it's bad manners in the world.
Recently, by the breakthrough of UBER and green cab, its reputation
worsens more and more.
But New Yorker use them as their feet.

We have large traffic jam with the yellow cab in Manhattan today.
The city where it is very difficult to catch the empty taxi would be the top
class in the world.

イエローキャブ (2)

イエローキャブ (4)


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観測史上最大のブリザード (4)


普段の生活のなかで、テレビを見ることがほとんどない。
平日は、朝の戦争に始まり、日中の仕事、深夜の在宅ワークと続くから、
リビングルームでくつろぐような時間はない。
週末はニューヨーク郊外のアップステートの往復で、文明の機器とはかけ離れた
生活を送る。

しかし、この数日だけは、テレビの電源を入れて、天気予報をたびたび聞いていた。
「風速30メートル、積雪75センチ、史上最大のブリザードがやってくる」
どのチャンネルからも、ブレイクニュースが流れてくる。

観測史上最大級の暴風雪に見舞われる可能性に備えて、ニューヨーク市は万全の
対策で待機するように、市民に呼びかけた。

不気味なほど静かな夜。
街を抜ける風の音が次第に強くなり、街は白煙に飲み込まれた。

夜半、風の音を聞きながら、自宅の窓から階下を眺めると、
不思議な感覚に襲われる。
猛吹雪の中、真っ白になっていく街が、美しく見えた。

東の空が白んでくる。
何があっても、朝はやってくる。

除雪車のライトが道路を照らす。
地下鉄と路線バスは止まっているけれど、道路を歩く人影が見える。
街は静かに動き出した。

ニューヨークという街は、力強い。

観測史上最大のブリザード (5)


Among the everyday life, there is little to see the TV.
On weekdays, from the early morning to the late-night, I don't have time
such as to relax in the living room.
On weekend, in round-trip to suburb of New York Upstate, I am far from
the life and civilization of equipment.

However, only for this few days, I put the power of television, and had heard
often the weather forecast.
"The massive blizzard could cover the city in more than 2 feet of snow."
From any channel, break news was broadcast.

There was a possibility that hit the observation history largest storm snow.
Before it came, New York government declared a state of emergency and urged
New Yorkers to stay home.

It was an eerily quiet night.
The wind exiting the city became increasingly strong and the town was engulfed
in white smoke.

At midnight, while I was listening to the sound of the wind, I looked at the
downstairs from home windows.
I was attacked by a strange feeling.
In the blizzard, the process that the city became in pure white looked so beautiful.

The eastern sky became whiten.
Even if there is anything, the morning comes every day.

Snow plow lights illuminated the road.
Although subway and bus has still suspended, there was figure walking on the road.
The city began to move quietly.

The city of New York is so tough and strong.

観測史上最大のブリザード (2)


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胃袋 (19)

胃袋 (3)


この世で最後の食事には「寿司」を食べたいというほど寿司が好き。
仕事で落ち込んだ時も、失恋して泣いた時も、
美味しい寿司があれば、少し救われる。

ニューヨークに来て、たくさんの辛苦を味わい、日本に帰りたくて仕方がなかった。
そんな時に出会った彼の寿司に、私は胃袋を釣られた。
郷愁というのは、胃袋から始まることがある。
故郷の味が恋しく、故郷の人が恋しく、故郷の街が恋しくてたまらない時。
それでも、胃袋が故郷の味で満たされると、もう少しだけ踏ん張ってみようと思えて
しまうから、人間は現金だ。

私は専門家ではないから、飲食店の是非をブログのなかでコメントすることは極力
控えている。
食事はあくまでも個人の好みだし、いつ誰とどこで何を食べるか、
その状況によっても味の印象は変わって然るべきだから。

これまでにたくさんの店舗開業にも関わってきたけれど、
やっぱり最後には彼の寿司が食べたくなるのは、まさに相性というものだろう。
彼が店を移ると、追っかけのように、新しい店を訪ねる。
毎月とはいかないけれど、年に数回でも彼の味を楽しむことが、頑張った自分への
ご褒美。

先週は泣きたいことが山ほどあった。
でもやっぱり、彼の腕に癒された。
もう少しだけ、がんばろう。
救われることを待ち望むよりも、自分が救える先を探してみよう。

胃袋 (17)

胃袋 (5)


I love sushi the best; I want to eat "sushi" at the last day of this world.
When I fell at work, even when I cried for heartbreak,
I was saved a little if there was a delicious sushi.

Since I tasted a lot of hardship when I came to New York, I wanted to go
back to Japan.
His sushi I met at such time lured my stomach.
The nostalgia sometimes starts from stomach.
When we miss the taste of hometown, the people of hometown, and the
city of hometown, the nostalgia happens.
Nevertheless, when the stomach is filled with taste of home, I think to try t
o live here a little more, the stomach is honesty.

Because I am not a professional, I am refrained to comment the pros and
cons of eateries among the blog.
Meal is a personal preference, and the impression of taste is different by
the situation.

I have been involved in a lot of stores opened in the past.
But after all, the last I want to eat his sushi since there is chemistry between
us.
When he moves the place, I visit the new store to chace him.
Though I do not afford to go there every month, I enjoy his taste a few times
a year.

I had a lot of troubles that I wanted to cry last week.
But still, I was healed in his taste.
I intend to endure it a little more practically.
I will find someone I can help, rather than I wait that someone helps me.

胃袋 (7)

胃袋 (11)

胃袋 (12)

胃袋 (15)


JADO SUSHI

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私の母が4歳の時、祖母のお腹の中には一番下の妹がいた。
妹の誕生を知らぬうちに、祖父は他界した。
母のすぐ下には2歳下の妹がいて、つまり祖母は、女手一つで三姉妹を育て上げた。

計り知れない、たくさんの苦労があったと思う。
計り知れない、たくさんの知恵と愛で生き抜いてきたのだと思う。

以来、私の一族では、女性が働くのが当たり前となった。
価値観や生き方はひとそれぞれだから、何が良いか悪いかということではない。
ただ、いざという時のために、女性が一人でも生き抜く力をつけようとすることを、
世の中の人がもっと認めてほしいと思う。

祖父は、シベリアで戦死した。
優秀な技術技能の腕を認められて抑留されて、最後は餓死だったらしい。

非業の死を遂げた祖父がいたから、今の私達がいる。
餓死した祖父の孫世代、、私達いとこの多くが、飲食という仕事に
何らかのかたちで関わっているのも運命だろうか。

食べること、命あることに感謝する今日この日。
毎年必ず、靖国神社にお参りに行ってくれる姉弟やいとこ達、ありがとう。
いつかきっと、シベリアの地を訪れてみよう。

1月19日


When my mother was 4 years old, my grandmother was expected for her
youngest daughter.
My grandfather passed away before he knew the birth of her.
My mother had another younger sister; my grandmother brought up her
three daughters alone.

Immeasurable, she resolved a lot of trouble.
Immeasurable, she survived with a lot of wisdom and love.

Since then, in my family, it had become commonplace that women work
in social.
Because values and way of life are various for each person, it doesn't mean
that what is good or bad.
However, for the case of emergency, I want to let people understand that
women work to survive themselves.

My grandfather was killed in Siberia at World War Ⅱ.
He was recognized for his excellent technical skill and was detained.
The last, he seemed to have been starved to death.

Because there was our grandfather who made a violent death, we are
here now.
We are grandchild generation of the grandfather who starved to death.
It is the wonder fate that most of my cousins involved the business called
Food and Beverage in some way.

On that day, I especially thank for eating and a certain life.
I thank for my siblings and cousins who go to Yasukuni shrine for pray
every year.
Someday, I want to visit the place of Siberia.


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シェアオフィス(2)

シェアオフィス (3)


昨今のニューヨークでは、専有のオフィスを持たずに、違う会社の人と同じスペースを
利用する、いわゆるシェアオフィスが大流行している。
会員登録の審査をパスすれば、年会費を支払うことによって、大きな共有スペースを
利用したり、様々な大きさのブースを契約したりできる。
会員専用の会議室での密談も、バーで一杯飲みながら雑談するのも自由。

ラップトップやモバイルを小脇にはさみ、そこにいる人を眺めているだけでも、たくさんの
アイディアが浮かんでくることもある。
何百何千のスタッフを抱える大企業のCEOやCFOが、厳選した秘書と数名のスタッフを
ともなって、小さなスペースに引っ越すのも、異業種との交流が主たる目的だろう。

家賃が劇的に高騰しているマンハッタンでは、たった一つか二つのデスクを置くための
スペースを借りるにも数千ドルの出費は否めない。
「若き起業家」の溢れるニューヨークで、プライベートを重視するよりも、彼らの刺激を
直接感じ取れるオフィスをシェアするという発想は抜きん出ている。

日本でも、流行を先がける企業がこぞって「シェアオフィス」産業に参事し始めたという。
シェアオフィスにいる人々、アップル社のPC所有率が8割以上というのも興味深い。

シェアオフィス(4)

シェアオフィス(5)

シェアオフィス(7)


In recent years in New York, to use the same space with people of different
companies without a proprietary office, so-called share office is all the rage.
If passed the examination of membership registration, by paying an annual
fee, you can use a large shared space or make contract to use the booth of
various sizes.
Also you can huddle in the members-only conference room, or can be free
to chat while drinking at the bar.

While holding the laptop and mobile under your arm, even just looking at the
people who are there, a lot of ideas may come to mind.
CEO or CFO of a large company of hundreds or thousands staff, accompanied
by a staff of carefully selected secretary and a few people, move into a small space.
It would be the main purpose to exchange with different industries.

In Manhattan where rent is rising dramatically, people are forced to spend
thousands of dollars, to rent the space to put only one or two of the desk.
Since New York is full of "young entrepreneurs", rather than to focus on private,
the idea that you share the office to feel stimulus directly is stand out.

The companies ushering the epidemic in Japan began to canons to unanimously
"share office" business.
People in the share office, it is interesting that Apple's PC ownership rate is more
than 80%.

シェアオフィス(9)

シェアオフィス(8)

シャアオフィス(10)


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フランスで起こったテロ事件は、衝撃的だった。
パリ在住の友人から、緊迫した街の雰囲気が伝えられた時は、胸のざわざわが
止まらなかった。

今週になって、「シャルリー・エプド」誌の最新号は、500万部も発行されたという。
準じて、「赦す」という言葉を、「すべては許される」と翻訳した記事の是非も興味
深かったが、素人にとっては何が正しいのか明確でない。

中高の授業以外で英語を習ったこともないから、私の英語もかなりいい加減。
ただ「聞きたい」「伝えたい」という気持ちだけが先行して、今に至っている。

先日、「怒る」と「叱る」の違いについて問われた。
仕事の場で「怒る」上司より「叱る」上司が信頼されるという話。

第三者的立場に立って、冷静に「叱る」ことは、確かに正しい。
当人の将来を考えて、本当に良かれと思えばこそ、いっときの感情で「怒る」わけには
いかないのだと。

けれども、当事者としての感情があるから、愛があるから「怒る」ことだってある。
うっぷん晴らしの矛先でなく、自分にとって大切な、身近な対象であるからこそ、
感情が動いて「怒る」のだと。

文字や漢字の違いで明確に説明できるものならまだしも、
感性や感情を伝えることほど難しいことはない。
世の中にある言葉が、必ずしも、自分の内面を説明できる単語とは限らない。
文章にした途端に、記録された文字が一人歩きしていく違和感。

聞きたいことを聞きたい。伝えたい人に伝えたい。
こんな葛藤のなかで、日常が過ぎていく。

伝えること (3)


Terrorist attacks that occurred in France, was shocking.
When the tense atmosphere of the town had been reportedly from a friend
living in Paris, My heart was beating.

This week, the latest issue of "CHARLIE-HEBDO" magazine will be issued
five million copies.
I was interested the article translated the word "forgive" as "Everything is allowed".
But as an amateur, I didn't know what was a correct.

Since I've learned English only in middle and high schools, my English is also
pretty sloppy.
But only feeling that "I want to hear." and "I want to tell." is preceded, and it has
led to now.

The other day, and I was asked about the difference of the "angry" and "scold".
It was the story that "scold" boss was trusted than "angry" boss in business scene.

Standing to third party standpoint, calmly "scold" is certainly correct.
Given the future of the person, and what if think that the really good.
You had better not to be "angry" with temporary feelings.

But, I think that "angry" is caused there is a feeling as a party, in other words,
there is a love.
Because she/he is an important person, the emotion moves and gets "angry" feeling.
It is not to wreak one's grudge,

It is no bad that can be clearly explained by the difference of characters and
Chinese characters, but it is very difficult to convey the sensibility and emotion.

Words in the world, necessarily, the words cannot explain the inner surfaces.
I doubt that the letters go away soon after I produce words as a sentence.

I want to hear that I want to hear. I want to tell the people that I want to convey.
Among this conflict, every day goes through.




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リフレッシュ (7)


今日は仕事の細かいことは、何も考えないぞ。
そう決めて、友人を誘った。
ランチをして、お気に入りのカフェでお茶をする。
オーナーも交えて、長々とお喋りを楽しむ。

立ち上げ前からずっと応援してきたこのカフェも、
オープンしてまもなく一年になる。
たくさんの出会いと別れを重ねてきたニューヨークで、
一番大切なのは人との繋がりだと学んだ。

何かに囚われていた自分をリリースする時間。
他愛ないお喋りが、何よりの栄養源。

リフレッシュ (6)


I decided I won't think anything about work today.
I asked my friend to go lunch together.
And we had coffee at my favorite café.
We enjoyed the lengthy chat with the owner.

This café, which I have supported for long time, will soon become a one year old.
In New York I have been over a lot of encounter and farewell.
I learned that the most important thing was the edge with people.

It was time to release myself that had been caught in something.
Casual chat always brought me a lot of energy.

リフレッシュ (2)


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Flu (1)


幼少の頃から、耳鼻咽喉系が弱い。
慢性中耳炎、アデノイド、タバコの煙アレルギー。
風邪を引くと、喉鼻からやられて、悶々と辛い日々を送る。

昨年末からの風邪も、なかなか治らなかった。
微熱とだるさはあっても、寝込むほどの高熱ではないから、ついつい動いてしまう。
年が明けて、ようやく症状が落ち着いてきた。

週末、いつも通りに、アップステートに向かう。
100マイル(160キロ)離れた恋人に会うのを楽しみに、今週もがんばった。

雪に覆われた学校の寮に到着すると、ナースが駆け寄ってきた。
「今日は会えないわ。ひどい高熱で、隔離されているから」

家族と離れて、病気と闘う娘。
母親としての無力さに、途方に暮れた。

「どうして会えないの?」
落胆する兄妹の涙に、少しだけ救われた。

自分のあり方に、彷徨いながら、帰路につく。

Flu (3)


From a young age, I am weak my nose and throat.
Chronic otitis media, adenoid, cigarette smoke allergy.
When catching a cold, I start it from the throat and nose, and spend the
day-to-day with painful.

I had been sick from the end of last year.
Since I had low-grade fever and fatigue without a high fever, I would work.
This week, I have been settled symptoms finally.

Weekend, as usual, I headed to the upstate.
I looked forward to seeing my angel who was 100 miles away.

When we arrived at the dormitory of the school that was covered with snow,
nurse has been rushed.
"You can't see her today. In a terrible high fever, she is treated."

Thinking of my disease daughter.
The powerlessness as a mother, I was at a loss.

"I'm missing her."
By tears of siblings that discouraged, I was saved only a little.
While I thought what I should be my own, we got back to the city.

Flu (2)


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フローズン (3)


昨秋、雑誌で見て、一目惚れしたダウンジャケットがあった。
米国LA発信のブランド製品なのに、そのダウンジャケットは日本でしか販売して
いないという摩訶不思議。
暖かいカリフォルニアでは、ダウンジャケットは売れ筋商品にはならないからだろう。

友人が、全国を探して、最後の一着を送ってくれた。
双子の子育てで多忙を極める彼女が、仕事の合間に箱詰めしてくれた姿を想像して、
その優しさに感謝した。

今冬もニューヨークの寒さは半端でない。
凍りつく噴水に、その寒さを想像していただきたい。

お気に入りのダウンジャケットの下に、ウルトラダウンとヒートテックを着込んでも、
手足の感覚はほとんどない。
肺が痛くて、深呼吸ができない。
朝夕の送り迎えと通勤だけも、生命の危険を感じてしまう。

フローズン (1)


Last fall, as I viewed in the magazine, I was fallen in love with a down jacket.
Even though the products were outgoing by the United States LA, the down jacket was sold only in Japan.
Probably, in the warm California, the down jackets were not selling items.

One of my friends, looked for it nationwide, sent me the last one.
I thanked for her kindness that I imagined a figure she boxed it in between
work, though she was busy mom of twins.

The coldness of New York is terrible even this winter.
To the frozen fountain, I would like you to imagine the coldness.

Under the favorite down jacket, even dressed the Ultra-down and HEATTECH,
Sense of limbs was little.
It is not possible to take a deep breath, my lung was painful.
Commuting in the morning and evening, I felt the danger of my life.

フローズン (2)


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アラカルト (1)


デビュー以来ずっと愛しているドリカムが誕生した1989年。
「ア・ラ・カルト」の公演は同じ年に始まった。

私が芝居に興味を持ったのは、22歳の時に他界した友人の影響だった。
10代後半の多感な時期から、彼女と一緒にいくつもの芝居を観に行った。
役者たちの息づかいを目の前に前に感じながら、たくさんの感情移入をして、
たくさんの涙を流した。

以来、芝居や歌舞伎を観に行くことは、私にとってちょっと特別なこと、になった。
彼女との思い出を共有できる唯一の繋がり、そして追悼の想いもこめて、
舞台を眺める。

「ア・ラ・カルト」の舞台を観に行くことは、もはや季節の風物詩となった。
一年に一度だけ恋人に会いに行くかのように、冬がやってくると高揚した
気分になる。
実在のレストラン「ブルギニオン」のメニューが垣間見られるのも楽しみのひとつ。
たくさん笑って、心の大掃除をしてもらった。

テレビやネットがいくら発達しても、私が人と直接会うことにこだわり続けるのは、
芝居を観るのと同じで、そこにいる温度を直に感じたいと思うから。
円形劇場がなくなっても、きっと「ア・ラ・カルト」」はどこかで復活してほしい。

新年が明けてすぐの1月9日、友人はその短い生涯の幕を閉じた。
彼女には、もう会えない。

アラカルト (3)


My favorite musician “Dreams Come True" was born in 1989.
The theater performance of "a la carte" has started in the same year.

The reason that I was interested in theater play was influence of my friend
who passed away at the time of the 22-year-old.
At impressionable period from late teens, I went to watch some of the theater
play with her.
While I was feeling the breath of actors in front of eyes, I had a lot of empathy,
and shed a lot of tears.

Since then, to go to watch theater play and Kabuki became little special for
me.
It's only connection that can share the memories with her, and I watch the
stage with feelings of mourning.

For me, going to watch a stage of "a la carte" has become a tradition of the
season.
As if going to see lover only once year, I feel excited when winter comes.
One fun also is that we glimpse the menu of real restaurant "Bourguignon".
I had be housecleaning of mind by laughing.

I want to stick to meet directly with the people, even though TV and net are
developed much.
Because I think I want to feel the temperature there directly, same as
watching a play.
Aoyama amphitheater is no longer available for "a la carte", but I would like
to let them revival somewhere.

On January 9th, my friend closed the curtain of her short life.
We are not able to meet her here.

アラカルト (4)


Copy_right @ Brochure of "a la carte" 2014

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雪の街 (2)

雪の街 (3)


今日も、朝から雪が降り始めていた。
気温が低いから、あっという間に降り積もる。
緯度の高い場所に住んでいることを、改めて感じる。

ダウンコートを着て外に出る。
用事を済ませると、つい先ほど一面の雪で覆われていた歩道が、
綺麗に雪かきされていた。

極寒の街、ニューヨークが、真冬でも変わらずに世界の中心地であること。
それは市民全体が作り上げている、環境ゆえんでもあるかもしれない。

雪かきはビル管理者の責任であるけれど、車道も降雪から小一時間と
経たぬうちに除雪されて、
街は機能的に生き返る。
地下鉄も路線バスも通常通り。

凍てつく手の先が痺れている。
夕飯には、あったかいスープを作ろうか。

雪の街 (4)


Today, snow had started to fall from the morning.
Because of a low temperature, snow was piled up so quick and thick.
I felt again that I have lived in areas of high latitude.

I went out wearing a down coat.
After I have carried out errands, the sidewalk that had been covered with
snow at last moment had been shoveling snow cleanly.

The frigid city, New York, is a center of the world unchanged even in winter.
The reason may be that citizens make up its environment.

Although snow shoveling was the responsibility of the building administrator,
Snow on the roadway also was removed within one hour.
The city came back to the functional life.
Both subway and local bus run as usual.

My freezing hands were numb.
Let me make a warm soup for dinner.
雪の街 (5)


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週末の朝も、目覚まし時計が鳴る前に自然と起きてしまう。
早朝のヨガクラスに行って、汗を流す。
窓の外では初雪が降り、極寒のニューヨークにいることを再認識する。

故郷から遠く離れた場所での日常。
女性が働くこと、働かなければならない自分の環境に不満はないけれど、
この数年、悩むことも多かった。
もう少し手助けしてもらえれば。もう少し時間があれば、、、。
自分の実力を出し切れないまま評価されてしまう現実に、さらに自分を
追い詰めることが多くなっていた。

ふと目にしたABCニュース記者、マーサ・ラダッツ女史のインタビューより、
心に留めたい言葉があったので、備忘録。
「完璧を求めない」
「自分が成長すれば、家族も周囲も成長する」

肩の力を抜いて、流れに身を任せることで解決することもある。
周囲を思いやるためには、自分が成長することが必要だと。

やりたいことが膨らみすぎて、どこから手を付けようかと迷っている自分。
さて、今年は何から始めようか。

Star Woman


Morning of the weekend, I woke up with nature before the alarm clock rang.
I went to the yoga class in the early morning, and I sweat.
First snow was fallen at the outside of the window, and I re-recognized that
I was in the extreme cold of New York.

It’s every day in far away from home town.
I don't have any complaints about my environment that I have to work here
as a working mom.
But I had many worries the past few years.
If I had a little more help. If I had a little more time. . .
I had even more often become to hunt down my own, since in reality I have
been evaluated without my all ability.

The following is my note of the interview of ABC News reporter, Ms. Martha
Radatts.
I wrote down because there were some words that I wanted in mind.
"Don’t expect perfect."
"If I don’t grow, that’s not good for us."

There are something to be solved by leaving the own to flow, with unplug
the power of the shoulder.
In order to care for surrounding, it is necessary that I grow.

I might lose my way since I have too much things that I want to do.
Well, from what I will start this year ?


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Be Happy (5)


2015年の幕開けは、久しぶりに米国式のカウントダウンパーティーで迎えた。
「ハッピーニューイヤー!」のかけ声と共に、周囲にいる恋人や友人と抱擁を交わし、
シャンペンとクラッカーでお祝い。
湾岸では盛大な打ち上げ花火が夜空を賑わした。

慎ましやかに新年の挨拶を交わす日本の正月を想いつつ、こんなストレートな祝い方も
悪くない。

カウントダウンパーティーが終わると、長く続いたホリデーモードは終焉を迎え、
街は一気に日常モードに戻る。
衛星TVで日本の正月番組を垣間見ながら、やはりお正月は日本が一番いいなぁと、
この距離の遠さに、泣きそうになってしまった新年2日目の夜。

Be Happy (4)


I welcomed the year of 2015 in the countdown party of US-style.
Along with the shout of "Happy New Year!” people hugged with lover or friends
who are around, and celebrated with champagne and crackers.
Gorgeous fireworks colored the night sky in the Gulf.

While I reminded the Japanese New Year that humble to exchange New Year's
greetings,
I thought that it was not bad to celebrate in straight way.

When the countdown party was over, the holiday mode that lasted longer came
to an end,
City came back to everyday mode.
While glimpse of the Japanese New Year program in satellite TV, still the New
Year of Japan was the best.

The remoteness of this distance, I was to cry in the second night of New Year.

Be Happy (1)

Be Happy (7)

Be Happy (8)


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Happy New Year (3)


中学一年生の夏休み、他界した祖母に連れられてやってきたのが最初だった。
それから、公私含めて数え切れないほど来ていた土地だけれども、
14年ぶりに空港に降り立った時は、緊張でドキドキした。
青い空も、透き通った海も、優しい人達も、一寸も違わずに、そこにあった。

時代はどんどん移りゆくけれども、古き良きものを大切にする精神は大切にしたい。
普遍的なもの、たくさんの愛を与えられる、強さと優しさを身に纏えるように。

皆様、本年もよろしくお願いいたします。

Happy New Year (1)

Happy New Year (4)


My grandmother took me here for the first time when I was a freshman
in the junior high school in summer vacation.
Then, although I had come this land in countless, including public and
private.
When I landed at the airport first time in 14 years, my heart was pounding
in tension.
Blue sky, crystal clear sea, friendly people also, were just there as same
as before.

Though the era moves rapidly, I want to keep the spirit to cherish those
good old.
Holding the strength and tenderness, I want to give a lot of love, the
universal thing.

To everyone, thank you also this year.

Happy New Year (2)


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