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デュッセルドルフは、ドイツ国内で日系人が一番多く住む街。
そこから車で50分ほど、オーバーハウゼンという街に、
「ドイツ国際平和村」がある。
1967年、ドイツ市民の手によって作られた人道支援団体、NGO。
今年、創立51周年を迎えた。

紛争や貧困によって、たくさんの子どもたちが傷付いている。
母国では治療を受けることができない子どもたちを、
ドイツ国内に運んで、手術や治療を受けさせる。
そして母国に返すまでのリハビリ期間、子どもたちが一緒に過ごす場所。
それが「ドイツ国際平和村」。

アンゴラ、アフガニスタン、アルメニア、タジキスタン、ウズベキスタン、グルジアなどから、
子どもたちがやってくる。
初めは言葉を話せなかった子どもも、3ヶ月もすればドイツ語で交流する。

パスポートを持たない子どもも受け入れる。
移民や難民を増やすことはしない。
治療を受けた子どもたちを、必ず自国に返すというルールがある。
ドイツ政府が、目をつぶって市民団体の活動をサポートしているという事実。

平和村のホームページに、こんな言葉がある。
「平和はやってくるものではない。人間が築いていくもの」
まさに、その通りだと思う。
戦争が終わったからといって、すぐに平和がやってくるわけではない。
ベトナム戦争が残していった地雷で、いまだに被害者が出ているように。
内戦や紛争、そして富裕国の支配による貧困が発生している。
平和を作るのは国であり、それは人間が作るもの。
国がやらないなら、民間がやるしかない。

手足を失った子どもや、大火傷を負った子ども。
極度の栄養失調や不衛生から、骨髄炎を患っている子も多い。
一見すると健康そうに見えても、みんな身体のどこかが傷付いている。
目を覆いたくなるほど、傷付いている。
そして心には、もっと大きな傷を抱えている。

それでも平和村の子どもたちの笑顔は、無垢で屈託がない。
一度は信じられなくなったはずの大人たちとこの世界に、
また希望を持ってくれてありがとうと、頬をなでてあげたい。

11月にアンゴラから来たばかりの小さな女の子「イザベラ」。
生年月日も定かでないから、およそ2歳を過ぎた頃だろうか。
公園の隅に座ったまま、何かに怯えているかのように、表情がない。
言葉もわからず、怖いよね。
今はまだ不安だよね。
でもきっと3ヶ月後には、思いっきり笑顔を浮かべているに違いない。

年少組のグループで、私にとてもなついていた子どもがいた。
やはりアンゴラから来た、4歳ぐらいの男の子。
顔に大火傷を負って、目も鼻も口も、生まれた時の姿をとどめていない。
誰が見てもぎょっとするくらい、皮膚もパーツも、顔のすべてを失っている。
でも、変形したままの瞼の向こうに、黒い瞳があることに、
私は安堵した。
君には、この世界が見えているんだね。

そうだよ。自分がどんな風に思われるかが大事なんじゃない。
君の見ている世界が、いつまでも美しいモノであるように。
大人はそこに責任を持たないといけなんだ。

今回、ニューヨークと東京から集まった視察メンバー。
敬子さんは、アイディアマン。
不衛生な環境から命を落とすことの多い国や地域の子どもたちに、石鹸を配っている。
彼女は台風の目。周囲をすべて巻き込むパワーの持ち主。
nicotan soap HP
のぞみさんは、生徒会長のような存在。
2011年から世界の子どもたちを人形で繋ぐ活動をしている。
次世代を繋ぐ活動のプロフェッショナル。
MSTERIO HP
美智代さんは、庶務と外交のエキスパート。
子宮頸がんという御自身の経験から、健康と平和を世に伝える才女。
Think Pearl HP
そして私は、皆が外に放ったモノをもう一度拾い集める交通整理係。
いろんな人と想いを繋ぐ役、というところだろうか。

このメンバーで、このタイミングで、ドイツに集まったことに、
とても大きな意味がある気がしている。
それぞれが「自分ができることをやる」だけでなく、
同じベクトルに向けて、具体的な行動を起こせるチカラがある。

大人の私たちが、子どもたちにできることがある。
日本人の私たちだから、できることがある。
ドイツやアメリカにできて、日本にできないことを、
これから一緒にやっていくために。

ドイツからの帰り道。
静かに滑走路をクルーズし始めた飛行機の窓から、曇り空を眺める。
今にも泣き出しそうな空も、突き抜けるような青空も、全部好き。
いつか娘に見せてあげたい。

この空を。この空と海と地球を。
美しく、守らないといけない。

我が娘にすら光を分けてあげられない母親だけれど、
私にできることをやるから、背中を感じていてください。

私たちは、早くも次の活動を始めている。
具体的に動くことだけが、次の一歩に繋がると信じているから。

来年は、「平和会議」と「地球こどもサミット」を開催します。
そして私たちの夢であった「Japan国際平和こども王国」設立に向けて、
着々と準備を進めています。
「目の前で困っている人がいたら、手を差し伸べること」を実行していきます。

だから、皆さんのチカラを、少しだけ私たちに貸してください。
子どもたちの未来のために、大人ができることを。

ドイツ国際平和村 HP(日本語あり)
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Düsseldorf is the town where Japanese people live the most in Germany.
Oberhausen is the city about 50 minutes by car from there,
There is "Friedensdorf International / Germany International Peace Village" there.
In 1967, a humanitarian organization organized by German citizens.
This year marked the 51st anniversary of its founding.

Many children are injured by conflict and poverty in the world.
For children who cannot receive treatment in their home country,
They take them to Germany and let get surgery and treatment.
And the rehabilitation period until returning to their home country, the place the children spend together.
That is "Friedensdorf International / Germany International Peace Village".

Children come from Angola, Afghanistan, Armenia, Tajikistan, Uzbekistan, Georgien, and others.
Even children who did not speak the language at first can exchange in German in three months.

They accept children who do not have passport.
They will not increase immigrants or refugees.
There is a rule to return children who received treatment to their own country without fail.
The fact that the German government is closing eyes and supporting civic groups' activities.

On the homepage of Peace Village, there is such a word.
"Peace is not coming, something that human beings build"
Indeed, I think it is true.
Even if the war is over, peace will not come soon.
The Vietnam War left the landmines, the victims are still out.
Civil wars and conflicts, and poverty due to domination of wealthy nations are occurring.
Peace should be made by the country/government, it is what human beings make.
If the government does not do it, the private sector do it.

Child who lost limbs and children who suffered a big burn.
Because of extreme malnutrition and unsanitary conditions, many children suffer from osteomyelitis.
Even if it seems healthy at first sight, everyone has been injured somewhere in the body.
The more you want to cover your eyes, they are wounded.
And they have a bigger scar in their mind.

Still, the smile of children in Peace Village is innocent and carefree.
Once they might could not believe with adults and this world.
But now I thank that they are having hope.

'Isabella' is a little girl who just came from Angola in November.
Since her birth date is also unknown, it is about time she passed around 2 years old.
Sitting in the corner of the park, as if being frightened by something, there is no facial expression.
She does not understand the words, it's scary.
She is still anxious now.
But after three months, I'm sure you will get a real smile.

In a group of young kids, there was a boy who stick with me.
He was from Angola, and about 4 years old.
He suffered a big burn on his face, eyes, nose and mouth; he was totally different appearance that he was born.
As everybody would be surprised, he lost all his face and parts as well.
However, there was black eyes behind the eyelids that remained deformed, I was relieved.
He can see the world.

That's right. It does not matter how people think you are.
The world that you are seeing must be a beautiful forever.
Adults must be responsible there.

This time, the tour members gathered from New York and Tokyo.
Keiko is an idea woman.
She is giving soap to children who may lose their lives from an unsanitary environment.
She is the eyes of the typhoon. She has the power to involve all around.
nicotan soap HP
Nozomi is kind of the student council president.
Since 2011 she has been engaged in connecting the world's children with dolls.
She is a professional of activities connecting the next generation.
MSTERIO HP
https://www.msterio.org/
Mr. Michiyo is an expert in general affairs and diplomacy.
She has a talent who conveys health and peace to the world from his own experience of cervical cancer.
Think Pearl HP
And I guess I am a traffic control staff who collects things that everyone released to the outside again.
Also, I might have a connecting mission with people and thought.

With this member, at this timing, gathering in Germany,
All we feel we have a very big meaning.
Not only each "I do what I can do",
Towards the same vector, every members has a power that can make concrete action.

There is something we adults can do for children.
Because we are Japanese people, there are things we can do.
Being able to do in Germany and America, what we cannot do in Japan,
In order to do it together now.

On the way home from Germany.
Gently I looked at the cloudy sky from the window of the airplane that began to cruise the runway.
I like the sky that is about to rain, but also the blue sky that goes to the heaven.
I want to show the sky to my daughter someday.

This sky. This sky, the ocean and the earth.
We have to keep them beautiful.

I'm a mother who cannot divide the light even for my daughter.
But I will do what I can, so please feel my back.

We have already started the next activity.
Because we believe that only specific movements will lead to the next step.

Next year, we will host "Peace Conference" and "The Earth Children Summit".
And for the establishment of "Japan International Peace Children's Kingdom" which is our dream, we are steadily preparing for it.
We will carry out, " If there is a person in need of trouble in front of you, you reach out."

So please lend it to us a little bit of your power.
For the future of children, we shall do what adults can do.

Nozomi Dolls

写真提供:ドイツ国際平和村(無断転載を禁じます)
All copyrights reserved by Friedensdorf International.

Friededsdorf International HP (English)

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最終日。
まだやるべきことはたくさんあるのに、
敬子さん親子と美智代さんを残してニューヨークに戻る後ろめたさ。

私が帰宅予定の日に夫が日本出張に出ることになり、
次女のお迎えも夕飯の用意も、すべて長男が担当。
日付の変わらないうちに、子どもたちの待つ自宅に無事たどり着かないと。

朝、妙子さんが車で駅まで送ってくださる。
今回の視察で本当にお世話になった妙子さん。
14年前にドイツに渡り、ドイツ国際平和村のボランティアを経て、
今は職員として村の運営に関わっている。
6歳のお嬢さんを育てながら、平和村の子どもたちを見守る日々。

重複障害を抱えた娘を育てながら、ゴールはどこにあるのだろうと思う。
妙子さんも、そんな思いに悩んだこともあるという。
自国に帰っていく彼らを後追いしてはいけないというルールがある。
どんなに思い入れがある子どもでも、その先どうなったのか、
健康で生きているのだろうか、両親と会えたのだろうか、
その答えを受け取れないという歯がゆさ。

妙子さんのやりがいは「自国に帰っていく子どもの笑顔」だという。
今年で創立51周年を迎えた「ドイツ国際平和村」の目的は、
長く続けることではない。
戦争がなくなって、貧困がなくなって、
村がなくなることが、最終ゴールなのだと。

これだけ長い年月をかけて、組織が出来上がった。
平和村の今の姿を知らないまま、見届けられないままに、
すでにこの世に存在しない命もたくさんあるだろう。

人生の折り返し地点を過ぎてしまった私たちに、何ができるのだろう。
たくさんの想いが巡るだけで、アウトプットができない。
1つ言えるのは、妙子さんとの出会い、そしてトーマスとの出会いが、
今後の人生に必ず大きく影響してくる予感がしていること。

心配していた朝の渋滞もそれほどひどくなく、
予定通りに近くの駅に到着した。
ここからローカル列車に乗って、デュッセルドルフ空港に向かう。
前日にチケットを買って、列車が来るまでと、
駅のホームで一緒に待ってくれる妙子さんの優しさに、心が洗われる。

滞在中に何かレポートをと思ってSNS投稿をすると、
「自分にできることがあったらお手伝いします」というコメントが圧倒的に多い。
コメントを寄せてくれるだけで、まず第一段階。とても嬉しい。
関心を持ってくれて、そこに「コメントを書く」という行動が伴う。
きっとその人たちは、「自分にできること」を探して、行動してくれる人たち。

「何かできることがあったら言ってね」というエールが何より苦手。
「助けてと言う=人に迷惑をかける勇気を持つこと」の方がよほど厳しい。
本当の痛みを経験した人は、きっとその気持ちを知っているから、
具体的に自分ができることを、申し出てくれる。

時刻表より5分遅れで、列車がホームにやってきた。
妙子さんとの別れを惜しみ、二階建ての列車に乗り込む。
とても大切なものを置き忘れてきたような、胸が引き裂かれるような思い。

まず、家に帰ろう。子供たちが待っている。
守るべきものは、たくさんある。

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It was last day.
There were still many things to do,
but I had to leave Keiko & Kai and Michiyo behind, and back to New York.

My husband was going to go to the business trip to Japan on the day I planed to go home.
The eldest son was in charge of picking up the second daughter and preparing dinner.
Before changing the date, I must arrive safely at home where the children wait.

In the morning, Taeko sent me to the station by car.
Taeko who truly helped us during this visit.
She came to Germany 14 years ago, and after volunteering at " Friedensdorf International / German International Peace Village",
she is now involved in the management of the village as a staff member.
Every day she takes care of children in Peace Village while raising a 6-year-old daughter.

While raising up a daughter with multiple obstacles, I sometimes wonder where the goal is.
Taeko said that she also suffered from such thought, too.
There is a rule that you should not ask children's status after they back home.
No matter how much you have a will to a child,
she wonders if he/she was able to meet his/her parents , living in health,
It is tough she cannot receive the answer.

Taeko's motivation is "a smiling face of a child when they return to their country."
The purpose of the "Germany International Peace Village" ,celebrating its 51st anniversary this year, is not to keep on long.
As war gone, poverty ceased,
It is the final goal that the village disappears.

Over the years these organizations were completed.
Without knowing the current figure of Peace Village,
there will be lives that have not existed in this world already.

What can we do, even we have passed the half point of life, ?
Just going through a lot of thoughts, I cannot do output.
One thing I can say is that I was happy I encountered Taeko and Thomas.
What I feel is that that will surely influence my life in the future.

The traffic congestion in the morning we were worried was not too bad,
we arrived at a nearby station as scheduled.
From here I take a local train and head for Dusseldorf airport.
Taeko bought a ticket for me the day before.
My heart was washed by the kindness of her who waited together at the station's home until the train arrived.

When we post SNS with thought of some sort of report,
There are overwhelmingly many comments that "I will help you if you have something that I can do."
Having the comments is the first step. Very happy.
It has interest and accompanies the action "write comment" there.
That people are surely looking for what they can do.

I do not like the ale that says "Please tell me if you have something I can do".
"Asking to help = Having the courage to disturb people" is more harder.
Those who experienced real pain, surely they know the feelings.
So they will offer some specific things that they can do.

The train came home, five minutes behind the schedule.
I was regretting separation with Taeko, I got on a two-story train.
Like I've left very important things behind, I felt like breaking my heart.

Well, let's go home. My kids are waiting.
There are many things I have to protect.

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日曜日。朝から冷たい雨が激しく降っている。
ロンドンに向かうのぞみさん御夫妻を見送って、
「ドイツ国際平和村」本部での勉強会。

これまでに日系メディアで取り上げられた平和村のDVDを鑑賞する。
今年で51周年を迎える平和村が、創立27周年の頃にNHKの取材を受けている。
妙子さんが、この平和村に来る10年以上前の出来事。

その後、いくつかの民放局が取り上げているが、
それでもまだまだ認知度が低いのは、なぜだろう。

2001年米国同時多発テロの後、アメリカはアフガニスタンを攻撃した。
その時のシーンや、街の廃墟が映し出される度に、とても複雑な気持ちになる。
今、アメリカという国に住んでいる私が、ここにいて良いのだろうか?という罪悪感でいっぱいになる。

そんな気持ちを伝えると、敬子さんがひとこと。
「だからこそ、これから先のことを考えましょう」と。
大人が決めた戦争で、傷付くのは子どもたち。
大人の私たちが、子ども世代に出来ることをやらなければと。

私が今ここにいる意味は何だろう。
ニューヨークのブロードウェイミュージカル「アラジン」を観た時に、
隣りの席に座っていたのが敬子さんだった。
あれよあれよという間に、彼女の行動力に惹かれ、巻き込まれ、
夏には「地球こどもサミット」を開催した。

アメリカに住む日本人として、私や我が子たちが伝えられるものが、
きっとたくさんあると実感した。
アメリカで障害児を育てる母として、その家族として、たすきを繋いでいこう。

「ドイツ国際平和村」の視察メンバーと、私の感想は、きっと少し違っているかもしれない。
ここにいる子どもたちは、なんて幸せなんだろうと思うのは、私だけだろうか。
ここに辿り着いた強運を持ち帰って、将来は平和の大使になっていくのだろう。

重複障害を持って生まれた娘を抱いて、ニューヨーク内外の病院を渡り歩いた時、
ニューヨーク大学の権威に辿り着いた。
自費と医療保険を使って、なんとか娘に最善の治療を受けさせたいと彷徨い歩いた。
しかしそこで、いろんな寄付金を使って治療を受けている子どもたちがたくさんいることを知った。
本来なら何万ドル、何十万ドルもする外科手術。
すぐに生命の危機に直結しなくとも、子どもが生きていく上で必要な手術がある。
米国の病院は、大企業や富裕層からの寄付金で成り立っている部分が多く、
不特定多数の子どもたちに、そんな大手術をタダで受けさせてあげるシステムもある。

ドイツやアメリカにあって、日本にないもの、日本ができないもの。
前例がないからできないなら、前例を作るしかない。
ベトちゃん・ドクちゃんを救うことができた日本。
きっとできることがある。

単一国家、単一民族だから、他を受け入れることができない。
それならなぜ、国内にいる日本の子どもたちさえも、守ってあげられないのだろう。
たくさんの想いが溢れ出て、アウトプットできなくなる。

夕方、近所のモールに連れて行ってもらう。
日曜日でモールはお休みだけれど、クリスマスマーケットは開いていた。
たくさん可愛い物が溢れているのに、まったく購買意欲は湧いてこない。
私たちができることは何だろう。
ドイツにしては暖かい雨に打たれながら、その想いばかりが巡りめく。

平和村のディレクター・トーマス氏は、来夏に引退を考えているらしい。
30年以上に渡って、他国の子どもたちのために尽くしてきたトーマス氏。
彼のこれまでの想い、そしてこれからの想いを、もっとしっかり聞いてみたい。

ドイツやアメリカを手本に、日本で出来ることが、きっとある。
自分たちが、出来ることをやる。
まず知る、見る、感じる、そして伝える。

私たちは、すでに次のステージを考えている。

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It was Sunday. Cold rain was falling violently from morning.
We sent off Nozomi and Joshua, heading for London,
and we studied at the headquarters of "Germany International Peace Village".

We watched the DVD of "Friednsdorf International / Peace Village" which was taken up in Japanese media so far.
Though the peace village celebrating its 51th anniversary this year, it has been interviewed by NHK around the 27th anniversary of its founding.
After it passed more than 10 years of broadcasting, Taeko came to Peace Village.

After that, several commercial broadcasters have taken up the village.
Still, why people still are not in awareness here ?

Because Japan is a single country, a single race, the government cannot accept others.
Then why even Japanese children in the country cannot be protected ?
A lot of thought overflows, I cannot be output.

In the evening, Taeko took us to the nearest mall.
The mall was closed on Sunday, but the Christmas market was open.
Even though there were plenty of cute things overflowing, the willingness to buy did not come up at all.
What's we can do ?
Only that thought goes round in my brain.
For Germany it was hit by warm rain.

After the September 11 terrorist attacks in the United States, the United States attacked Afghanistan.
Every time the scene at that time and the ruins of the city are displayed, I became a very complicated feeling.
I wonder I can stay here though I live in a country of the US. now?
I was full of guilt feeling.

When I told that kind of feeling, Keiko said.
"That's why we think about the future."
Children are injured by war which adults' decided.
We should do what adults can do for the child generation.

What's the meaning that I am here now?
When I saw Broadway musical "Aladdin" in New York,
Keiko was sitting next to me.
In the meantime, I had been attracted by her ability to act and I was caught up.
We held "The Earth Children Summit" together in the summer of this year.

I realized that there were surely a lot of things what my kids and we can convey as a Japanese living in the United States.
Let's connect people as a mother or a family of breeding children with disabilities in the United States.

My opinion may be slightly different from the other visiting members of "Germany International Peace Village".
I wonder how happy the children are here.
They will bring back the fortunes they have reached here, and will become the ambassador of peace in the future.

After my daughter was born with duplication disorder, my husband and I visited a lot of hospitals both inside and outside of New York,
we reached the authority of New York University.
We walked around wandering with our own expenses and medical insurance to manage my daughter somehow for the best treatment.
However, we learned that there were many children receiving treatment using various donations.
Surgery that would do tens of thousands of dollars, even hundreds of thousands of dollars.
Even if it does not lead directly to the crisis of life, there is operation necessary for the child to live.
Many parts of hospitals in the United States are made up of donations from large companies or high net worth individuals,
There are also systems that allow unspecified number of children to receive such major surgery with no free.

Germany and the United States can do things that are not in Japan, things that Japan cannot do.
If we cannot do it because there is no precedent, we only have to make a precedent.
Japan which was able to save Viet-chan & Doc-chan.
There is certainly something that we can be done.

The director of Peace village, Mr.Thomas Jacobs seems to be thinking of retiring next summer.
Mr. Thomas has been doing his best for children in other countries for over 30 years.
I would like to hear more of his feelings and future thoughts.

There is surely something that can be done in Japan, modeled from Germany and the United States.
We do what we can do.
First, know, watch, feel, and tell.

We are already considering the next stage.

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気持ちの良い、薄曇りの朝。
雨の予報だった天気も、この様子なら大丈夫だろうか。

昨日と同じ年少児のいる公園へ。
先に到着した私たちは、子どもたちの笑顔に引き寄せられてゲートの中へ。
後から到着した妙子さんに、「勝手に入ってはダメですよ」と叱られる。
当然のことだ。子どもたちと村の安全が第一。
規則に従わず、本当にごめんなさい!

午前中は、女の子を連れてセミナールームで「学びの時間」。
ニューヨークから持ち込んだたくさんのヘアアクセサリーを見せると、
彼女らの目がキラキラと輝いた。

「ショコラ」と呼ばれているアンゴラの女の子は、まだドイツ語が喋れない。
でも、周囲の子が、手を引いて、説明してくれる。
弱い者には優しくすること。
当たり前のルールが、ここにある。

みんなここぞとばかりに、髪飾りを頭に付け出す。
何か贈り物をする時に、不公平であってはならない。
必ず、その時にいる村の子供たちに平等に、何かをしないといけない。

「一人、5個までね」
すでに頭にたくさんヘアピンをつけた子に、そっと諭すと、
「部屋で待っているお友達に持って行ってあげるの」
そうだね。この思いやりの心を、大人が引き裂いてはいけない。

美智代さんが持ってきたオランダ生まれの編み糸「スパゲッティ」。
Tシャツの端切れで作った布テープで、女の子たちと「ミサンガ」を作る。

ここにいる子どもたちは、いずれ自国に帰って行く。
みんな、親の待つ国に、生まれた国に、帰りたいのだ。
その時に、少しでも出来ることがあったら、自信がつくのではないかなと、
たくさんの仕掛けを持ってきた。
手品もミサンガ作りも、きっと思い出だけで終わらない、何かに繋がるかもしれないと。

美智代さんが、両手を広げて、ミサンガの編み方を説明する。
みんな「難しいね」と言う。
でも「できない」とは言わない。
指のない子や、火傷で指がくっついている子が、必死でミサンガを編む。
胸に突き刺さる光景だった。
このシーンを、世界に伝えないといけない。

近所のデリのようなお店で軽くランチ。
テイクアウトに並ぶ人の列。
ドイツ料理、ここでも美味しい。

午後からは、今回のメインイベント、2年に一度のホリデーバザーが始まる。
私たちのブースでは、着物をリメイクしたドレスやチュニックも販売。
毎回、ドイツ国際平和村のために寄付してくださる日系人がいらっしゃるという。
少し小雨が降り出したが、屋外ブースにも食料やドリンクが並び、近隣の方々が集まり出していた。

忙しくなる前にと、平和村のディレクター・トーマス・ヤコブス氏としばしの対談。
彼は少し英語ができることが嬉しい。一気に距離感が縮まった感がした。
今回の視察メンバーから集めた、僅かながらの寄付金を贈呈。

午後3時、年少組の子どもたちのお遊戯を、最前列で見つめる。
親元を離れて、元気に歌う子どもたちの姿を見るだけで、涙が止まらない。
前でしゃがんでいた敬子さんが、振り向いた。
彼女も泣いていた。

手がなかったり、足がなかったり、顔中に火傷を負っていたり。
でも、ここに来られた君たちは、本当に運が強い。
こんなに元気に歌っている姿を、きっと君たちの両親に見せてあげたい。
早くお家に帰るんだよ。
そんなことを思っていた。

私たちの手品ブースは大盛況で、思わぬ反響に、私たちがビックリ。
「マギー」(手品)
「アインス、ツヴァイ、ドライ」(1、2、3)
これだけのドイツ語で、こんなにたくさんの人が喜んでくれるとは思わなかった。
いや、みんなそこに「愛」があるから、笑ってくれるんだ。

手品の成功体験をさせてあげると、みんな2ユーロでグッズを買ってくれる。
100均ショップで仕入れて、手品を見せて2ユーロの売り上げ。悪くない。
いや、大成功だ。
私たちのブースが、どこよりも盛り上がっている。
みんな、笑顔が溢れている。
一番最初に売れたのは、私たちがかぶっていたトナカイの角がついたキャップだったっけ。
ドイツの人たちは、あたたかい。
売り上げはすべて、平和村の活動資金にあてていただこう。

夜8時過ぎ、ホットワインでお疲れ様をして、ホテルへ戻る。
日本から来たメンバーは、時差疲れもあって、夜が早い。
夕飯抜きで、そのまま解散して、各部屋へ。

今日も本当にお疲れ様。
私はなんだか気持ちが高ぶっていて、眠れない。

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It was little comfy, cloudy morning.
Hope it would be okay, though the weather forecast said it will rain.

We were at the park where the same young boy as yesterday was.
As we arrived earlier, we were attracted by the smiles of children and got into the gate.
Taeko who arrived afterwards told us "Please do not enter without the permission."
It was obvious. Children and village safety was the first.
We were very sorry!

In the morning, we took a girl and had a "learning time" in the seminar room.
When we showed a lot of hair accessories brought from New York, their eyes glittered.

Angola girls called "chocolat" still cannot speak German.
But the surrounding child drew hands and explained.
Be gentle to the weak. The obvious rule is here.

Everyone got a hair accessary on the head.
We should not be unfair when we give something to children.
We should be sure to do something equally to the children of the village.

"Up to five per one person"
When I gently said to a girl who has already attached a lot of hairpins on her head,
"I will bring these to my friends waiting in the room"
Yeah. Adults should not tore this heart of compassion.

Michiyo brought the Netherlands-born yarn "Spaghetti".
We made 'Misanga' with girls with cloth tape made from T - shirt 's end.

Children here are going back to home country.
Everyone wants to return to the country where they were born, in the country the parents wait for.
At that time, if there is something that can be done even a little, they can feel confident, so we brought a lot of tricks.
Magic tricks and Misanga making, maybe it will lead to something that does not end only with memories.

Michiyo spread both hands and explained how to knit Misanga.
Everyone said "It's difficult". But nobody said "I cannot do it".
A child without a finger and a child stuck with a finger due to heavy burns desperately knitted Misanga.
It was a scene stabbed in my mind. I have to tell this scene to the world.

We had light lunch at a shop like a neighborhood deli.
A row of people who lined up in takeout. German cuisine, delicious again here.

From the afternoon, this tour's main event, Holiday bazaar , which holds once every two years, started.
At our booth, we also sold dresses and tunics remade of kimono.
Every time, there are Japanese people donating for the purpose of the activities of the German International Peace Village.
A little light rain started off, but food and drinks were also arranged in the outdoor booth, and neighboring people gathered.

Before getting busy, We talked a moment with Mr. Thomas Jakobs, a director of Peace Village.
I was glad that he could speak a little English. I felt the distance feeling shrunk at once.
We gave him a small amount of donation from us.

From 3 p.m., we watched the song show of younger children.
Just seeing the children who sang energetically, away from their parents, I could not stop tears.
Keiko, who was crouching in front, turned around. She was also crying.

One boy has no hand, other boy has no leg, another boy is suffer a burn in his face.
But you guys who are here are really lucky.
I'd like to show your parents that you are singing so energetically.
Get home soon, you guys.
I was thinking of such a thing.

Our magic booth was a great success, and we were surprised at the unexpected response.
"Magie" (Magic)
"Eins, Zwei, Drei" (1.2.3)
We used only that German, we did not think that we made so many people pleased.
Yes, There had "love" there, so they laughed.

Once we let guest the magic experience in succeed, everyone bought magic goods with 2 euros.
We purchased them at 100 yen shops, showed magic tricks and sold 2 euros. not bad.
Yes, it was a great success.
Our booth was more exciting than anywhere.
Everyone was full of smiles.
The first things we sold were the cap with the horn of the reindeer wthat we wore.
People in Germany are tender.
We asked to apply all sales to the activities of Peace Village.

After 8 o'clock, we cheered with hot wine for thank for good work, and returned to the hotel.
Members who came from Japan had jet lags, and the night was early.
Without having dinner, we came to each room.

I was really happy today.
I felt like somehow and I could not sleep.

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ドイツの朝は遅い。
同室の美智代さんは、時差で午前3時から目覚めていたようだ。
いつまでたっても夜が明けない冬のドイツに、みんなテンションは低め。
ニューヨークに比べると、はるかに気温は高いけれど、
それでも日本の真冬ぐらいの寒さだろうか。
朝食を取ると、妙子さんが迎えに来てくれた。

世界平和を祈って「ヒロシマ通り」と名付けられた道路が、平和村への入り口。
近隣の村人たちが、子どもたちへの寄付物資を入れる箱が設置されている。
平和村のロゴが、アメリカのUSPS(郵便局)とよく似たフォントで、
なんとも言えない複雑な気持ちになってしまった。

保健局の規制により、一般人は子どもたちが生活する建物には入れない。
天気が良ければ、彼らが外に出て遊んでいる姿を見られるのだという。
空には厚い雲がかかっていたけれど、雨は降っていない。
スロープのかかった坂道をのぼると、子どもたちが笑顔で迎えてくれた。

「ハロー」それ以上の言葉が交わせない。
ドイツ語の予習をして来なかったことが悔やまれる。

聞いていた通り、杖をついたり、車イスの子どもが多い。
顔中に火傷を負った子どもや、足を引きずる子どももいる。
一番奥の柵で囲まれたヤードで、年少組の子どもたちと触れ合う。
11月に平和村に来たばかりの子は、無表情で、会話に反応もしない。
親から離れて、言葉の分からない場所で、
どんなにか不安だろうと思うだけで、涙が出てしまう。

食堂に案内されると、小学校低学年ぐらいの子どもたちが、
クッキーが焼き上がるのを待っていた。
宗教の関係もあり、ここでは男女は別々に授業を受ける。
私たちが声をかけると、みんな笑顔で大喜びする。
写真を撮ってとおねだりする。
顔に大きな障害を持った子どもが、自分の写真を見て大喜びするシーンに、
私は胸が熱くなった。みんな、ちゃんと自分の姿を受け入れているのだと。

私は長女が生まれた時、その現実をなかなか受け入れられないでいた。
幼少期に撮った写真が極端に少ないのも、
きっと母親として顔に障害を持った我が子の姿を直視できなかった弱さから。
藁にもすがる気持ちで、病院を探して回った日々が思い出される。

ここにいる子どもたちの母親は、どんな気持ちで我が子を送り出したのだろう。
ドイツの優れた医療が、我が子を救ってくれると希望を託しているに違いない。

セミナールームで、「ドイツ国際平和村」について学ぶ。
その歴史、経緯、これまでのこと。
なぜドイツ政府が目をつぶって、パスポートのない子どもたちを受け入れているのか。
たくさんのことを考えさせられる。
子どもたちは、希望を持ってこの国にやって来て、希望を持って自国に帰って行く。
戦争とは何だろう。国境とは、人種とは何だろう。そして親の存在とは。
セミナールームを出ると、また子どもたちが無邪気に手をふってくれる。

近隣のお店で昼食。ドイツ料理ってこんなに美味しかっただろうか。
乗務員時代に滞在したドイツでは、ソーセージとザワークラウトしか思い出がない。
水分の少ない乾いたパン、ボソボソした芋料理、もうそんな時代は終わったのだと痛感する。

平和村に戻って、明日のバザーの準備をする。
1年がかりで準備してきた他のブースに比べて、私たちのブースはやや寂しい。
「地球こどもサミット」と「Think Pearl」、そして日米の国旗。
クリスマスツリーに、のぞみさんが運んできたMSTERIOのドールを飾ったら、
ずいぶんと賑やかになってきた。

明日はここで手品を披露しよう。
単語しか知らないドイツ語で、笑いを取れたらこっちのものだから。
ジョッシュ(のぞみさんの御主人)もワインコルクの手品でスタンバイ。
きっと明日、ここで奇跡が起きる。

夜、ニュルンベルクのクリスマスマーケットへ。
ドイツ人の身体の大きさと食べる量の多さに再び驚きながら、
地球の裏側でお腹を空かせている子どもたちを思う。
ホットワインで身体を温めて、明日の成功を祈る。

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German morning starts late.
Michiyo in the same room was awake from 3 am because of the time difference.
Since we did not see the sun early morning in winter in Germany, we did not feel so fine.
Compared with New York, the temperature was much higher.
But it was still cold in Japan about midwinter.
After we had breakfast, Taeko came to pick us up.

The road named "Hiroshima street" praying for world peace was the entrance to Peace Village.
The neighboring villagers have set up boxes for donation to children.
Peace village logo was a font similar to USPS (post office) in the United States,
It became a complicated feeling that I could not say anything.

Under the regulation of the Health Department, the general public cannot enter the building where the children live.
It is said that if the weather is nice, they can see the appearance they are going out and playing.
There was a thick cloud in the sky, but it was not raining.
As we climbed the sloping slope, the children greeted us with a smile.

"Hello" I could not say any more words.
It was regretful that I did not prepare studying German.

As I had heard, there were many children with wheelchairs and canes.
Children who suffered burns in their faces and children who drag their feet.
We interacted with the children of the younger group at a yard surrounded by the fence.
A child who just came to Peace Village in November was expressionless and did not respond to conversation.
They are apart from their parents, in places they do not understand words.
Just thinking their worries, my tears came out.

When guided to the dining hall, children around elementary school lower grade age,
they were waiting for cookies to bake.
Religious relations are also present, and boys and girls take classes separately here.
When we spoke to them, they all rejoiced with a smile.
They asked us to take pictures.
In a scene where a child with a big obstacle on his face delighted to see his photo, I got heartful.
Everyone was accepting his own figure properly.

I could hardly accept that reality when my eldest daughter was born.
The picture taken in early childhood was extremely little,
since the weakness as a mother that I could not look directly at the sight of my child with disabilities on her face.
With the feeling like crutching even at straws, I remember the days I spent looking for a hospital.

I guess how the mothers of the children felt when they sent out their children to here.
They hope the excellent medical care in Germany rescue their children.

We learned about 'German International Peace Village' in the seminar room.
Its origin, history, memory, so far.
Why has the German government closed their eyes and accept children without passports?
It made me think of lots of things.
Children come to this country with hope and go home with hope.
What is war? What is a border? What's race? And what's parents' existence.
When we left the seminar room, children also innocently wove their hands.

We had lunch at a local shop. I was surprised German cuisine was such delicious.
In Germany when I stayed in the crew era, only sausages and sauerkraut were memories.
Dried bread with little moisture, sweet potato cuisine, I was acutely aware that such times had ended.

We returned to Peace Village and got ready for the bazaar of tomorrow.
Our booth was somewhat lonesome, compared to other booths they had prepared for a year.
We put "The Earth Children Summit" and "Think Pearl", and the flags of Japan and the United States.
After we decorated the MSTERIO doll, that Nozomi brought, on the Christmas tree, our booth had become quite lively.

Let's show magic tricks here tomorrow.
In German that only knows some words, it is success if we can make people laugh.
Joshua (Nozomi's husband) is also standby with wine cork magic trick.
Surely tomorrow, a miracle will happen here.

We went to the Christmas Market in Nuremberg at night.
I was surprised again by the size of the German body and the amount of food I eat,
I thought of the children who were hungry in the other side of the earth.
We heated the body with hot wine and prayed for tomorrow's success.

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前夜はMIFUNEでのイベント、会計が締まったのが午前2時過ぎ。
帰宅して、2時間程仮眠をしたら、目覚ましが鳴った。
子供達の弁当を作り、学校に送り出し、慌ててパッキングをする。

「ドイツ国際平和村」の子供たちへ持っていくズボン40枚とヘア飾り、
手品グッズとワインコルク、折り紙と手ぬぐい。すでに箱はいっぱい。
自分用の着替えは、手持ちバッグに詰め込めるだけしか持てない。

直行便のフライトチケットを購入する余裕はなかったから、
アトランタ空港で乗り継いで、ドイツのデュッセルドルフ空港へ降り立った。
ニューヨークの自宅を出てから、すでに18時間が経過。
前夜の疲れで、機内で首がつった時には、この先の我が身を案じた。

入国審査も長蛇の列だったけれど、税関でもまた別室での尋問へ。
カッターで開封された段ボール箱には、衣類と雑貨がいっぱい。
「いったい、何の商売をするつもりだ?」と。
英語で説明するも、税関員さえ「ドイツ国際平和村」の存在を知らない。

ようやく解放されたゲートの向こう、平和村のスタッフ・妙子さんが待っていた。
初めてお会いするのに、親しみ深い笑顔で出迎えてくれたことが、本当に嬉しかった。

日本とニューヨークからの視察メンバー、それぞれと現地集合予定。
私が最初の到着だった。
チェックインまで時間があるからと、近くの町を案内してもらう。

第二次世界大戦の軌跡が残る建物や、カトリックの大聖堂。
石畳の続く町で、その歴史を肌で感じる。

なぜここに来たのだろう。
もう一度自分に問いかけていた時に、妙子さんが同じ質問をして来た。
隠す必要はないから、そのまま答える。
「重複障害の娘がいて、アメリカの教育や制度の中で暮らしていること。
我が子だけでなく、次世代を担う子どもたち世代へ繋げる活動を、日米で展開したいと考えていること。
「地球こどもサミット」のメンバーと築き上げている想いを、日本の皆さんへ伝えたいこと」

いろんな話をしているうちに、妙子さんがポツリと言った。
「私、美香さんの本を読みました。あの美香さんなんですね。
いつかお会いしたいと思っていました。御縁に感激です」
それなら、自分の話を詳細にする必要もきっとないだろう。
私はむしろ、14年前から「ドイツ国際平和村」のスタッフとして働いている妙子さんのことを、
もっと知りたくなった。

夕方、日本からのメンバーが合流した。
「地球こどもサミット」の主催者・敬子さんと息子のカイ君。
そして、この夏のサミットを一緒に作りあげた美智代さん。
妙子さんも一緒に明日からの動向を打ち合わせする。

夜遅い時間に、ニューヨークからロンドン経由で、のぞみさん御夫妻が到着。
全部で6名の視察団。明日からどんな物語が生まれるのだろうか。

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I had an event at MIFUNE, and was off around 2 AM.
When I got home and took a nap for about 2 hours, the alarm clock rang.
I made lunch box for children, sent them to school, packed up my stuff in haste.

For the children of "Friedensdorf International / Germany International Peace Village", I will bring 40 pants, hair ornaments, magic merchandise, wine cork, origami, and towel.
Already my box was full.
Clothes for myself can only be packed in hand-carry bag.

Because I could not afford to purchase direct flight tickets,
I transited at the Atlanta Airport and got off at the Dusseldorf airport in Germany.
18 hours have already passed since I left my home in New York.
As I was too tired in the flight, when I've got a cramp in my neck, I was worried about my future.

There was a long line at the immigration examination, even at customs, I was asked to get an interrogation in another room.
The cardboard box opened with a cutter was full of clothing and miscellaneous goods.
"Are you planning to do business in Germany?"
I explained in English, even customs officials did not know the existence of "Friedensdorf International / Germany International Peace Village".

Beyond the gate which was finally released, Staff Taeko of Peace Village was waiting.
Though it was the first time to meet her, it was a great pleasure to meet her with a familiar smile.

I was the first arrival in the tour members who got here form New York and Japan.
Because there was time to check in, Taeko showed me around the town.

Building where the trajectory of World War II remains and Cathedral of Catholicism.
In the town where the stone pavement continues, I felt the history with my body & soul.

I wondered why I came here.
Taeko asked the same question me when I asked myself again.
There was no need to hide, so I answered as it was.
"I have a daughter who has multiple disabilities and we are living in American education and institution.
Thinking that I want to develop activities not only for my kids but also for children who will be responsible for the next generation in Japan and the US.
What I would like to convey our mission that are building up with members of 'the Earth Children Summit' to Japanese people."

While talking about various things, Taeko told me.
"Now I remember I read your book, you are the author, Mika-san, right ?
I am deeply happy to meet you by the edge."
In that case, I definitely did not need to detail my story.
Rather, I wanted to know more about Taeko who was working as a staff member of "German International Peace Village" from 14 years ago.

In the evening, members from Japan joined.
Keiko, the organizer of "the Earth Children's Summit", and his son Kai.
And Michiyo who made up this summer summit together.
Taeko and we together talked about the activities from tomorrow.

On late night, Nozomi and Joshua arrived from New York via London.
We are six members total of the observation team.
I guess what kind of story will be born from tomorrow.

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今夏の日本、とにかくよく台風がやって来た。

7月イベント前日、西日本での大雨被害。
新幹線が止まって、登壇者とは電話で打ち合わせしただけ。

沖縄行きは、当日朝まで飛行機のキャンセルが続いた。
幸運なことに、私達のフライトは、強風の合間を縫って着陸できた。

札幌からの帰りは、台風が来る前にと朝から何時間も空港に並んだ。
最後まで粘って、アップグレード費用を払って、何とか乗せてもらった。
その次の便から夜遅くまで、フライトは全便キャンセルになった。

「地球こどもサミット」当日は、台風直撃の予報が出ていた。
こども達のパワーで、サミットは無事終了し、皆帰宅できた。

家族がNYに戻る時、台風の影響で使用機材の到着遅れ。
そこから十数時間の長旅は、やはり身体にこたえる。

自然の力には敵わない。ただ、それに従うだけ。
運は引き寄せられるけれど、運命は変えられない。

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Japan this summer, a typhoon came frequently.

The day before the July event, heavy rain damage in western Japan happened.
The bullet train stopped and I had a conference call with my partner only 10 mins.

When we went to Okinawa, the cancellation of the plane continued till the morning of the day.
Fortunately, our flight could land between strong winds.

The return from Sapporo, we lined up at the airport for hours from the morning, before the typhoon came.
We kept till the end, paid for the upgrade fee, we managed to get it on.
From the next flight until late at night, the flight was canceled all the way.

On the day of the "The Earth Children Summit", we had a forecast of a direct typhoon hit.
With the power of children, the summit ended successfully, everyone was able to go home.

When family returned to NY, the airplane delayed of arrival of equipment used due to typhoon.
After 14 hours' long trip from there, the body would be very tired.

There is no enemy for the power of nature. we just follow it.
We can call luck, but we cannot change our fate.


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マンハッタンの街中、歩道に白く塗った自転車が繋がれている。
命を落とした人に献花を捧げる、すなわち事故現場。

それほど危険な場所だから、子供たちは普段自転車に乗る機会がない。
毎夏、少しずつ練習をして、この数年でようやく末娘も人並に追いついた。

大自然の風を体感するために、洞爺湖で自転車を借りた。
あまりの暑さと虫の大群に、末娘のハンドルさばきは少しおぼつかない。
2時間以上かけて、ようやく3分の1周を往復。
およそ30㎞というところだろうか。

トライアスロン競技を趣味にしている友人たちに感服した日。
明日は筋肉痛がおそろしい。

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In the city of Manhattan, a bicycle painted white on the sidewalk is connected.
It is an accident scene, offering a flower arrangement to the person who lost the life.

Children do not have the chance to ride a bicycle usually because it is such a dangerous place.
Every summer, my kids practice little by little and my youngest daughter finally caught up with her age's level in the last few years.

In order to experience the wind of the nature, we borrowed bicycles at Lake Toya.
To the terrible hot weather and a large group of insects, the youngest daughter took a time to ride.
It took two hours or more and finally went back and forth one third of the lake.
It was about 30 km.

I really respect of my friends who do triathlon competition.
I fear my muscle pain tomorrow.

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会社員時代、同僚とニセコスキー場に行った。
「望羊亭」というロッジがあって、そこで食べる海鮮丼が絶品だった。

生まれて初めて、夏の羊蹄山を望んだ。
なだらかに広がる裾野が美しく、蝦夷富士と呼ばれる所以を実感した。

美しい景色を見ると、娘に見せてあげたいなと思う。

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I went to Niseko ski resort with ex-colleagues before.
There was a lodge called "Bo-Yo-Tei", and the seafood bowl we ate there was exquisite.

I saw the mountain Yotei in summer for the first time.
The gently-spreading foot-of-mountain was beautiful, I realized the reason called "Ezo-Fuji".

When I see beautiful scenery, I feel I want to show it to my daughter.

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毎朝子供たちは、NHK連続ドラマの音楽で動き出す。
苦手だった日本語、いつしか日常会話ができるようになったのは、
紛れもなく、テレビという文明の利器のおかげ。

ウィスキーの製造に人生を捧げた夫婦の物語。
子供たちは「まっさん」の軌跡を見て大いに喜び、
私は異国の地で奮闘する喜びと苦しみを想像する。

旅の最終目的地は、どこへ向かうべきなのだろうかと。

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Every morning my kids start moving with the NHK series drama music.
Though they were not good at Japanese before, it became possible to have everyday conversation.
Undoubtedly, thanks to the instruments of the TV civilization.

A story of a couple who dedicated their lives to the manufacture of whiskey.
My kids were delighted to see the story of "Massan"
I imagined the joy and suffering struggling in a foreign land.

I wonder where the final destination of the trip of life should go.


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大学に入学して早々に、自動車の免許を取った。
その後の人生、もうすでに米国生活が半分近くなるのに、
いまだにアメリカで運転することに苦手意識がある。

北海道の大地で、ハンドルを握る。
このまま、どこまでも行けそうな気持ちになる。

すでに秋の風が吹く支笏湖、その透明な水の青さに感動。

ただ歩いて、ただ深呼吸をする。
命あるだけで、嬉しいと思える。

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As soon as I entered university, I took driver's license.
After that, my life in the United States already is nearly half of my life,
I do still not like driving in the US.

But when I hold the steering wheel in the land of Hokkaido,
As it is, I feel like I can go anywhere.

Lake Shikotsu, where the autumn wind blew already, I was moved by the blue of its transparent water.

Just walk, just take a deep breath.
Just by having a life, I feel to be glad.

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夏の北海道は学生時代以来。
まずは原点に帰ろうと、小樽散策。

あの頃、とても大きく見えた街。
異国情緒漂う景色に、外国語の看板が並ぶ。
街を歩く観光客も、ほとんどが外国人。

時の流れを回顧する、つかの間の休暇。

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The last time I went to Hokkaido in summer was my student days.
First off, I went for Otaru walking to return to my origin.

In that time, the city looked very big.
Signs of foreign languages lined up in the exotic landscape.
Tourists who walked in the city became mostly foreigners.

Fleeting vacation to look back on the flow of time.

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ここに来るのは、夏の儀式のようなもの。

美しい空と美しい景色があれば、
他に何もいらないと思わされる。

自分には何もないことを認識すると、
そこに生きとし生ける奇跡の至福を感じることができる。

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What comes here was like a summer ceremony.

With beautiful sky and beautiful scenery,
I was thought that nothing else is needed.

Recognizing that there was nothing for myself,
I could feel the bliss of a living miracle there.

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ここの夜明けが見たくて、帰ってくる。
この一年を振り返りながら、
人として誠実でありたいと改めて思う。

ここの夕陽を見ながら、明日を想う。
ありのままの自然に囲まれている幸せが、
どれほど稀少なことかと感謝する。

この地球に生まれたこと。
この地球で出会ったこと。
この地球で共に歩くこと。

すべてが必然。

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I wanted to see the dawn here, and I returned.
While looking back on this year,
I think that I want to be sincere as a person.

While watching the sunset here, I think about tomorrow.
The happiness surrounded by the nature,
I thank for how rare it is.

We were born on this earth.
We meet on this earth.
We walk together on same earth.

Everything is inevitable.

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「奥州三名湯」のひとつに数えられる「秋保(あきう)温泉」。
古来から皇室が利用する御料温泉として「御湯」の称号を賜っている。

平安時代から戦国時代にかけて「温主役」であった佐藤家が、
現在の「ホテル佐勘」の祖だというのも興味深い。

暑い夏に、敢えて熱いお風呂に浸かる。
米国生活者としては、ゆったりとしたバスタブがあるだけで嬉しい。

効能たっぷりの温泉は、日本人として最高の贅沢。
短い時間でも、心と身体のデトックス完了。

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"Akiu Hot Spring" counted as one of "Three Hot Spring in Oshu".
As a spa to be used by the Imperial family from ancient times, it has given the title "On-yu".

The Sato family who was a "hot spring protector" from the Heian period to the Sengoku period,
It is also interesting that it is the original of the current "Hotel Sakan".

In a hot summer, we dare to soak in a hot bath.
As a US resident, I am glad that if there is a spacious bathtub.

A hot spring with plenty of efficacy is the best luxury as a Japanese.
Even for a short time, detoxification of the mind and body is completed.

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かつてこの土地に来た時、胸に息苦しさを覚えた。
年に何度も洪水する海面の近さが、さらに私を不安にさせた。
それでも、この街の歴史を、体感したかった。

あの時、路上で出会った一枚の絵が、忘れられなかった。
名も知らぬアーティストが描いたニューヨークの光景。
どうしても欲しいと思ったけれど、私たちに買える値段ではなかった。

今回の旅で、なぜここに寄りたかったのだろうと考える。
心を揺さぶるアートの存在を、もう一度確かめたかったのかもしれない。

5世紀にゲルマン人から逃れたイタリア人が作り上げた「水の都」。
毎年少しずつ地盤沈下が進み、数百年後には消滅するという街に、
人々は魅了され、その美しさを目に焼き付けておきたいと思う。

いつか命尽き果てるその日まで、必死に生きる人間と同じように、
ヴェネツィアという街は、沈みゆくその日まで、輝き続けるのだろうか。

私は、再び出会うことのできなかったあの絵を探しつつ、
アートの持つ力について、考えている。

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When I first came to this land, I felt breathing pain in my chest.
The proximity of the sea surface that flooding many times a year further made me uneasy.
Still, I wanted to experience the history of this city.

At that time, I could not forget the piece of painting I met on the street.
A scene of New York painted by an unknown artist.
I absolutely wanted it but it was not a price we could buy.

I think that why I wanted to stay here on this trip.
Perhaps I wanted to confirm the existence of art that shaking my mind once again.

"The city of water" created by Italians who escaped Germanic people in the 5th century.
It is the city where the subsidence gradually gets year by year and disappears
after several hundred years.
People are fascinated there, and everybody wants to see their beauty.

We are living desperately until the day that one day we will end our life.
I wonder if the city of Venice will continue to shine until the day it will sink.

I will look for that picture that I could not encounter again,
I am thinking about the power of art.

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フィレンツェは小さな街で、中心部はおよそ歩いてまわれる。
ポンテヴェッキオ橋をふらりと歩いた先にあるピッティ宮殿。

階段もない広場で、地べたに寝そべる市民の姿が、
穏やかなこの街の雰囲気を象徴しているように感じる。

中世16世紀前後のフィレンツェ。
トスカーナ大公となったメディチ家が、世にその力を示した大宮殿。
イタリアルネッサンスの中心であったその土地に立つと、
いつの時代も裕福な人は、高い場所から下を眺めたのだと感じる。

人間はどこから来たのだろう。
自分のルーツはどこにあるのだろう。

空と海と大地が繋がる光景の中、ちっぽけな自分を感じている。

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Florence is a small town, we can about to walk around the center.
Palazzo Pitti located ahead of the Ponte Vecchio.

In the plaza without stairs, the figure of the citizen lying on the ground,
It seemed to symbolize the calm atmosphere of this city.

Florence around the 16th century Middle Ages.
The Great Palace where the Medici family who became the Prince of Tuscany
showed its power to the world.
When I stood on that land which was the center of the Italian Renaissance,
People who were wealthy in any era felt that they had looked down from a high place.

Where did humans come from?
Where is my roots?

In the sight where the sky, the sea and the earth are connected, I felt a little self.

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「マギの礼拝」と呼ばれる作品に魅了されたのは、
学生時代にレオナルド・ダヴィンチ研究をしていた時だった。
東方の博士たち(マギ)が、エルサレムを訪れ、
この世に生まれたユダヤの王、イエス・キリストの生誕を祝う。

それまでにも、たくさんの画家がテーマとした作品だけれども、
常に新しい何かに挑戦していたダヴィンチの目的は別にあった。
すなわち、天を指す人差し指や、人物の視線の意味するところ、
現在と将来の自画像を入れ込むことを課題とした。

ある程度解決の糸口が見えると、作品の完成には興味がなくなるのか、
作品のほとんどが「未完成」「未完の作品」のまま残されている。

初めて見たその作品は、老朽化が進んで、全体が暗く霞んでいた。
ダヴィンチの構図は完璧で、どこが未完成なのか分からないほど、
全体のバランスがよく取れているという印象だった。

今回、ウフィツィ美術館で、その作品の前に立った。
「世紀の修復」を終えたそれは、やや不自然なほど明るくなり、
以前とはまったく異なる様相を呈していた。

ダヴィンチが、この姿を望んでいたかは分からないけれど、
ここにある自画像に彼が入れ込んでいた思いは、分かるような気がする。
時代が変わり、命尽き果てても、ずっと世の中を見通していたい。
きっと世の中の誰もの願いが、そこにある。

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When I was fascinated by a work called "Adoration of the Magi",
It was when I was a student, studying Leonardo da Vinci.
It showed that the doctors in the east (Magi) visited Jerusalem,
and celebrated the birth of Jesus Christ, the king of Judea born in this world.

Although it was a work that many painters themes themselves,
Da Vinci 's purpose was constantly challenging something new.
That is, the index finger pointing to the heaven, the meaning of the line of sight of the person,
The subject was to incorporate self-portrait of present and future.

It was not interesting to complete the work if he saw a clue to solving to a certain extent.
Most of his work was left as "incomplete" or "unfinished work".

In 1990 th, that work which I saw for the first time was aging, the whole was dark and hazy.
The composition of Da Vinci was perfect, so far that I did not know where it was unfinished,
It was the impression that the balance of the whole was well taken.

This time, I stood before the "Adoration of the Magi" work at the Uffizi Gallery.
That "the restoration of the century" has ended was somewhat unnatural brightening,
It was totally different from the previous one.

I do not know if Da Vinci wanted this figure,
It seems that I can understand the feelings that he had embedded in the self-portrait here.
Even though the times have changed, even though we have finished our lives, we want to see the world all the time.
There is surely a wish of everyone in the world.

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高校時代、絵のとても上手な同級生がいた。
当時流行っていた鈴木英人氏のイラストみたいな絵も描けたし、
美術室にある彫刻のデッサンは、ずば抜けてうまかった。

本人はもう忘れていると思うけれど、彼に描いてもらった絵に、
「Be-1の似合う街って好きだな」という言葉が書いてあった。
それから私は、小回りの効く小さな車が好きになった。

ローマの街を歩くと、ひたすら小さな車が目に入る。
細い路地でもスピードを落とさず、ほんの小さな隙間に路駐する。
イタリア人のマナーの悪さばかりが気になってしまう道中だけれど、
石畳に似合う車だけは、やっぱり愛おしい。

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In high school, there was a classmate who was very good in art.
I could also paint illustrations like Mr. Eijin Suzuki who was popular at the time,
The sculpture drawing in the art room was superb and good.

I think he himself has already forgotten, but to the paintings he had painted,
The word "I like the town to suit Be-1 " was written.
Then I have liked a small car with a small turning effect.

As I walked through the city of Rome, my eyes was caught by a small car.
Even in a narrow alleyway, it won't slow down, and stayed in a small gap on the street.
Although I didn't like about the badness of Italian manners,
Only cars that match the stone pavement were lovely after all.

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世界中で同じブランド品が入手できるようになった昨今でも、
海外市場を視察することは、本当に興味深い。
同じ商品でもディスプレイの仕方ひとつで印象が変わる。
そして何よりも、店員の応対次第で購買欲が左右される。

かつては、治安の悪い街という印象が否めなかった。
ジプシーやスリが多くて、テロの不安もつきまとった。
16年ぶりに訪れたそこに、なぜか郷愁の念を抱いたのはなぜだろう。

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Even now that the same brand products can be bought all over the world,
It is really interesting to visit foreign markets.
The impression changes with the way of display even for the same item.
And above all, desire for purchasing depends on the staff's response.

In the past, I could not deny the impression that the city was bad security.
There were many gypsies and thieves, and the concern of terrorism was also attached.
I wondered why I had a sense of nostalgia when I visited there for the first time in 16 years.

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グラディエーター。
「剣闘士」という言葉を聞いたことはあったけれど、
どんな風に戦うかは想像の域を越えなかった。

帝政ローマの時代、西暦80年に完成。
4万人の奴隷たちを使い、8年がかりで建設された闘技場。
当時、政治的な問題から民衆の意識をそらせるために、
猛獣や奴隷たちを戦わせることが、娯楽であったという。

初めてその映画を観た時は、
冒頭の残虐シーンから、なかなか先に進めなかった。
命を賭けた戦いを観て楽しむ民衆たちを、恐ろしいと思った。

飛行機の中で、もう一度映画を観た。
ラッセル・クロウの迫真の演技に、改めて圧倒された。
いつまでも色褪せない名作。

「コロッセオ」という実在の舞台があったという事実。
人間はどこまでも愚かで、どこまでも賢い。

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"Gladiator"
Although I've heard the word "gladiator",
I could not imagine as to how to fight.

The era of Imperial Rome, completed in the year 80 AD. .
A stadium where 40,000 of slaves were used for 8 years and built.
At the time, in order to divert public awareness from political problems,
It was entertainment to make animals and slaves fight.

When I saw the movie for the first time,
From the cruel scene at the beginning, I could not proceed to watch much.
I thought the people who enjoy watching the fight betting their lives were terrible.

I watched the movie again on the airplane.
I was overwhelmed by Russell Crow's awesome acting again.
A masterpiece that cannot fade forever.

The fact that there was a real stage called "Colosseo".
Human beings are stupid everywhere and wise wonderfully.

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世界史に興味を持ったのは、父の影響だった。
ローマ帝国の偉大さも、宗教戦争も、父から習った。

私が物心ついた頃、父は日本の歴史の本ばかり読んでいた。
学生時代に世界史に夢中になって、
日本のことをあまり知らないからだと言っていた。

独身時代最後に、両親を連れてローマに行った。
ローマ市民の広場、フォロ・ロマーノに立った時、
人類の歴史を動かした場所に立てたと喜んでいた。

元老院、凱旋門、神殿。
紀元前からの人類の軌跡を体感できるという感動。

いつの時代も、上から景色を見下ろす場所に住むのは富裕層。
人を見下ろす、見上げるという言葉は、
まさにここから生まれたのだと実感する。

あたたかなローマの日差しを背に受けて、
古き時代に想いを馳せてみる。

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What I was interested in the world history was the influence of my father.
I learned from him both the greatness of the Roman Empire and the religious war.

My father was reading only the books of Japanese history when I got interest in the world.
Since He became crazy about world history in his school days,
He said that he did not know much about Japan.

At the end of my twenties, I took my parents to Rome.
We stood by the Roman citizen's square, Foro Romano.
They were pleased that they set out on a place that moved the history of mankind.

Senate, Arc de Triomphe, Temple.
We were impressed that we could experience the trajectory of mankind from BC.

All the era, it is the wealthy people who live in places overlooking the scenery from above.
The word looking down, looking up,
we realize that it was born from here exactly.

Receiving a warm Rome sunshine,
I tried to get a feel for old days.

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「ヴァティカン」という名前を初めて聞いたのは、小学生の時だった。
趣味で切手収集をしていた時に、その存在を知った。
「世界最小の国家」発行の切手が、日本で買えるなんて。
今思うと、ものすごいボッタクリの業者が仲介していた。

16年ぶりの聖地訪問は、折しも復活祭前日。
ヴァティカンの壁の前には、早朝から長蛇の列。
ここでも仲介を牛耳るブローカーがいて、
かなり割高ではあったけれど、なんとか入場チケットを手に入れた。

ミケランジェロの最高傑作、
システィーナ礼拝堂の「最後の審判」に向かって歩く。
イタリアルネッサンスの真髄に触れたくて、
初めて足を運んだ時の高揚感を、もう一度胸にする。

学生時代に専攻した美学美術史専攻は、
当時「世の中に役立つことはない」と言われたけれど。
今、ビジネス界でトップを仕切る人たちは、
みんなアートを学んでいる。
サイエンスやマーケティングの力では解決できない、
心を育てる力が、そこにある。

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The first time I heard the name Vatican was when I was an elementary school student.
When I was collecting postage stamps as a hobby, I learned that existence.
I was offered to buy stamps issued by "the world's smallest country" from Japan.
I thought now, a tremendous " rip off " trader mediated us.

The visit to the sacred place for the first time in 16 years was just the day before Easter.
In front of the Vatican 's wall, there was a long waiting line from early morning.
Here again there were agents that ask brokerage.
Although it was rather expensive, we managed to get an admission ticket.

Michelangelo's best masterpiece,
We walked towards the " Last Judgment " of the Sistine Chapel.
I wanted to touch the essence of the Italian Renaissance,
I reminded the feeling of euphoria that I held when I first visited there.

Major in the history of aesthetics and art history majored in student days,
At that time I was told that "There is nothing useful in the business world."
Now, people who direct the top in the business world,
Everyone is learning art.
The art has power to raise mind that cannot be solved with the power of science and marketing.

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思い立って、出張に同行。
欧州ミーティングと市場調査を駆け足でこなす。
一気にミッションを終えたら、街を歩いて空気を感じる。

EC(ユーロシティ)で移動するのは何年ぶりだろうか。
大陸に来たついでに、どうしても聖地を訪れたくて、
伊国まで足を伸ばす。

ローマの夜景に浮かぶヴィットリアーノの荘厳さは健在で、
元同僚らとよく待ち合わせした光景を思い出す。

小雨の降るなか、16年ぶりにスペイン階段をのぼり、
トレヴィの泉でお決まりのコインを投げる。

またいつか、ここに戻ってこられますように。
そしてまずは、世界平和を祈ろう。

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We decided suddenly to accompany with a business trip.
We performed European meetings and market research quickly.
After finishing our mission, we felt the air by walking around the city.

It passed more than 10 years after I rode EC (Euro City) last time.
Since I came to Euro continent, I really wanted to visit the sacred place, and went to Italy.

The magnificence of Vittoriano floating in the night view of Rome was still there,
I recalled the sight that I met with my former colleagues.

In the rain, I climbed the Spanish Steps for the first time in 16 years,
I threw a coin at the Trevi Fountain same as before.

I wish I will come back here someday.
First, let me pray for the world peace.

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ダウンタウンから30分程で、美しいビーチに辿り着く。
それがやはり、LAの魅力ということか。

風も水もまだ冷たい平日だというのに、
海岸線を歩く人たちが列をなしている。

テントの中で物を売るお婆ちゃんも、
なんとなく絵を描いているアーティストも、
まだまだ本格的シーズン前の肩慣らし中。
少し日が沈みかける前に、早々に店じまいしていた。

次のプロジェクトの構想を描く。話し合う。
頭の中だけは、フル回転で稼働している。

私達は、きっと違う景色を見ていた。
同じ方向を見ても、違うものを感じていた。
アートの力を信じていることだけ、通じ合っている。

目の前には、大きなプロジェクトが待っている。

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It is about 30 minutes from downtown and it reaches a beautiful beach.
Again, that is the charm of Los Angeles.

Although it was a weekday of cool wind and cold water,
people walking along the coastline lined up.

An old-lady who sold things in a tent,
and artists who were drawing paintings,
They were not ready for the full season.
By the time before the sunset, they finished up early.

We drew the concept of the next project, and discussed.
Only in the head was running with full rotation.

We were surely seeing a different scene.
Even if we looked in the same direction, we felt something different.
Only through believing in the power of art was in common.

A big project awaits us ahead.

「自分を振り返るLAの旅」記事

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米国企業と日本企業の橋渡し。
新しい仕事のスタートアップに関わる打ち合わせ。
そこに行き着くまでに、たくさんの根回しをする。

すでに著名な米国企業が相手でも、きちんと人間関係を作って、
きちんと商談を進めれば、熱意と誠意はきっと伝わる。
アナログな人繋ぎがいかに大切か、再認識する。

貴方の存在が必要だと言ってくれる人がいたから、
どんなに遠くても、アナログで顔を合わせに行く。
そして、大きなステップが生まれる。

ニューヨーク発のブランドが、西海岸を経て、日本に渡る。
新しいブランドの歴史は、こうして始まっていく。

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Bridge between US companies and Japanese companies.
Meeting concerning startup of new work.
Before I got there, I had to do many things.

Even if a well-known US company is a partner,
If you negotiate properly, enthusiasm and sincerity will surely be transmitted.
I recognized how important analog connection was important.

Because there was a person who said "I need your existence",
No matter how far it was, I went face to face with analog.
And a big step was born.

The brand from New York passes over the West Coast to Japan.
The history of the new brand will start like this.

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写真 2018-03-13 8 15 49


ボストン在住の先輩とチャット。
東海岸にまた20インチ超の積雪予報。
日本行きのフライトは、24時間遅延が決定したらしい。

翌朝、ニューヨークにも冷たい雪が降っていた。
子供達を学校に送り出し、そのまま空港に向かう。
予期されていたほどのストームではないけれど、
遅延アナウンスが飛び交う空港は、人々の表情もどっぷり暗い。

ボーディング後も、不凍液をかける作業で、
一向に離陸する気配がない。
ふと睡魔に襲われて、ウトウトしかけた頃に、
ようやくエンジンの音が変わった。

雪雲を突き抜けた空の上は快晴。
当たり前だけれど、空が青い。
深呼吸して、西に向かう。

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I chatted with my friend living in Boston.
Snow cover forecast of more than 20 inches on the east coast.
The flight from Boston to Japan seems to be delayed by 24 hours.

The next morning, cold snow was falling in New York.
I sent my children to school and headed for the airport as it is.
Although it was not a storm as expected,
At the airport where delayed announcements flutter, people's facial expressions were all dark.

Even after boarding, working with antifreeze,
there was no sign of takeoff all the way.
When suddenly attacked by a sleepy, I started to fall in sleep,
At last the sound of the engine changed.

It was a fine day above the sky that we passed through the snow cloud.
Naturally, the sky was blue.
I took a deep breath and headed to the west.

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フロリダにあるウォルト・ディズニー・ワールドは、
世界中にあるディズニーランドの総本山。
東京ディズニーリゾートの約55倍の敷地に、
4つのテーマパークと、2つのウォーターパーク、
ショッピングエリア、20以上の直営ホテルが散在。
すべて見てまわるには1週間以上を要する。

直営ホテル滞在者は、一般営業より早い時間に入園できる特権もある。
しかし、急遽決めた旅程で、飛行機の席はバラバラ。
直営でないホテルからのショウアップだから、アクセスも悪い。
仕事から頭が切り替わらず、予習不足だったため、反省点も多い。
しかし、ディズニーの最新技術にずいぶん救われた。

2013年秋から導入されている携帯アプリは優れもの。
アトラクションに優先搭乗できるファストパスが事前予約できる。
パスの時間変更、アトラクションの待ち時間確認、レストランの予約、
システムダウンの告知も、すべてアプリで対応できる。

日本にはまだ導入されていないアトラクションも多く、
世界の最先端をどっぷり体感できた2日間だったけれど、
やっぱりシンデレラ城を見ているのが一番いい。
ここで、東京にいる気分を味わおう。

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Walt Disney World in Florida, is the kind of headquarters of Disneyland all over the world.
About 55 times the site of Tokyo Disney Resort,
Four theme parks, two water parks,
Shopping area, more than 20 direct-run hotels are scattered.
It takes more than a week to go around everything.

Directly-operated hotel customers also have the privilege to enter the park earlier than general customers.
However, we decided the itinerary just before the day, and the seats of the airplane were apart.
Because we stayed the area of Buena Vista, the access was bad.
Since my head was not switched from work, because I was short of preparatory lessons, I also had a lot of reflections.
However, Disney 's state - of - the - art technology has saved me altogether.

Mobile apps introduced since the fall of 2013 are excellent.
We can reserve a fast pass that can boarding priority on attractions in advance.
Pass time change, attraction wait time confirmation, restaurant reservation,
Notification of system down can also be handled by all applications.

There were also many attractions that have not yet been introduced in Japan,
It was two days that we could fully experience the cutting edge of the world.
After all it was the best to see Cinderella Castle.
Since I could enjoy the feeling of being in Tokyo.

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今回の第一の目的でもあった場所へ、朝一番に向かう。
昨春新設された最新のアトラクション。
開園と同時に並んだのに、凄まじいほどの長蛇の列。

暑さと疲労で、途中で幾度か挫折しそうになったけれど、
すぐ後ろにいた二人組のカナダ人女性が、
「絶対に並ぶ価値があるわよ」と励ましてくれる。
彼女たちは、2日前にもここに並んだそうだ。

途中で一部システムダウンの放送があり、結果3時間半待ち。
それでも、さすがディズニーの実力に感嘆した。
映画に出てくるパンシー(ドラゴンのような生き物)の背中に乗って、
パンドラ惑星の上空を飛ぶという「新感覚」の体験。
足元にはパンシーの息遣い、お腹に食い込む重圧感。
3Dに加えて、匂いや風、水しぶきなど、4Dの世界が繰り広げられる。

映画では、世界興行収入、歴代1位。
27億8800万ドル(当時のレートで2518億円)。
このアトラクション開発にかけた、デイズニーの本気度が感じられた。
映画を観ていなくても、十二分に楽しめる、すごいモノが誕生した。

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The early in the morning, we headed for the place we were also the first purpose of this trip.
The newest attraction newly established in May last spring.
Even though we were lined up at the same time as the opening, it was an awesome long line.

We were getting frustrated several times on the way due to heat and fatigue,
The two Canadian women who was immediately behind, encouraged us,
"It's worth lining up absolutely".
They said they were lined up here two days ago.

There was some "system down" broadcast on the way, we waited 3 hours and half as a result.
Still, I admired Disney 's ability.
We rode on the back of Pansy (creatures like dragons) appearing in the movie,
had experience of "new sensation" of flying over Pandora planet.
We felt Pansy 's breath and the pressure to dig into the stomach.
In addition to 3D, the world of 4D such as smell, wind, splashed splashing was spread.

In the movie, worldwide box office income, ranked the best in the world.
It was $ 2.788 billion (251.8 billion yen at that rate).
I felt the seriousness of Disney who was subjected to this attraction development.
Even if you do not watch a movie, an amazing thing you can enjoy more than enough has been born.

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ニューヨークから飛行機で3時間。
空港からタクシーで向かったホテルの住所が違っていた。
もう一度タクシーを探すのも面倒で、
ガラガラと荷物を引っ張って歩こうと提案。

都会育ちの子供達に、ハイウェイ沿いを延々と歩かせる。
バケーションだから、誰も文句を言わない。
行き交う人が「お疲れ様」と笑顔を送ってくれる。
それだけで、幸せになれる。

どこにいても、他人と笑顔を交わす国。
それがアメリカの強さだと、心底思う。

華氏80度のフロリダが、優しく迎え入れてくれた。

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It was three hours by air from New York to Florida.
We took the taxi form the airport, but the address of our hotel was different.
As it was troublesome to find a taxi again,
I proposed my kids to walk with rattles luggage pulled.

The children raised in the city endlessly walked along the highway.
Because it was a vacation, no one complained
Those who met on the way sent us a smile saying "good job".
That alone made us happy.

A country that makes smiles with others no matter where you are.
I am deeply concerned that it is American strength.

Florida at 80 degrees Fahrenheit gently welcomed us.

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